最強無敵の守護竜に転生したけど世話焼き姫様(32歳未亡人)がウザすぎる!
川平 直
序章 生誕
第1話 俺がお姫様にお世話をされるわけ
何がどうしてこんなことになったのか。
足下がふよふよと柔らかくてほのかな温もりを感じる。気のせいかお日様みたいな良い匂いまでする気がする。
まるで高級なベッドか何かみたいだがそうじゃない。俺は今、女の太ももの上に寝かされている。
「うふふ、よしよし」
麗らかな声が上から振ってきたかと思うと、まるで赤ん坊にでもするみたいに優しく頭を撫でられる。
「だからそれはやめろつってんだろうが」
鬱陶しいその手を尻尾を使って払いのけ不満を籠めて睨み付ける、こんなことを俺さっきから何度も繰り返しているがそいつは優しげな微笑み浮かべながら俺を見つめて。
「あらあら、ごめんなさい。でも、あんまりに可愛らしい物だから、つい」
蛙の面に水。あんまり悪びれている様には思えない謝罪をしながら、そいつは更に微笑み深くして。
「それより守護竜様、お腹はすいておられませんか? おねむじゃないですか? 何かしてほしいことがあればなんでも言ってくれて良いのですよ」
だぁ~クソッ人の話聞きゃしねぇ! ホントになんだってんだよこの状況は!
俺は、こんなんじゃなかったはずだ。
一睨みくれてやればそれだけで、全員ビビり上がって逃げ出すような、俺はそう言う人間だった。
それが今は膝の上に乗せられてよしよしって、可愛い子猫ちゃんか何かか!
本当に何がどうしてこうなったのか。
甘ったるい猫なで声でそう言いながら懲りずにまた俺の頭を撫でる手を払い除けながら、心の中で嘆く。
事の発端は今から少し前。
まだ俺が元の世界で人間として生きていた頃の話しだ。
*
俺はいつも苛ついていた。
何に? と言われれば、なんでもかんでもにだ。
人でも物でもなんでも目についたもの全てに腹が立った。
誰かが俺に舐めた態度を取ろう者なら片っ端から叩きのめして力ずくで分からせてやった。
そうやって暴れていると、少しだけ気が紛れる気がしたから。
そんなことをしていたから、周りの連中は俺から距離を置いた。
学校の連中は俺にビビって近寄ってこねぇし、両親だってそうだった。
嫌われて恐れられようと構いやしない、なれ合いなんて気色が悪いだけだ。
俺に構うな、寄るな、哀れみも同情もクソ食らえ、他人なんざどうでもいい俺は一人だ。
その日も俺は仕返しに来たという不良グループに喧嘩を売られ、人目のない裏路地でそいつらを軽く捻ってやった。
自分から喧嘩を売ってきた癖にてんで相手になりゃしないそいつらをあらかた片付けて、ようやく静かになったと思ったその時、背中が急に熱くなる。
どうしたのかと触れてみたら、その手が血に染まった。
遅れてきた痛みにようやく自分が刺されたんだってことに気が付く。
誰かが慌てて逃げていく足音が聞こえる。
刺した奴の顔を見ることは出来なかったが多分不良グループの誰かだろう、全員叩きのめしてやったつもりだったが油断した。
刺された箇所を手で押さえてみたが、そんなものなんの意味もないことはすぐに分かった。
切ったり刺されたりなんてのはこれが初めてじゃなかったが、今回ばかりは当たり所が悪かったらしい。
傷口から血と一緒に何か大切なものが抜けていって、手足が冷たくなっていくような感覚。
ああ、これは死んだな。
本能的にそう確信した、きっともう自分はどう足掻いても助からない。
顔も知らない奴に刺された挙げ句、誰も見ていない路地裏でひっそり死んでいく、それが俺の最期。
死にたくない……とは思わなかった。
どうせ俺みたいな奴が死んだところで誰かが困る訳でも無い。
こうなったのも自業自得こうなることを望んだのは俺自身だ、今更生きながらえたいなんて思うような未練なんて無い。
……だけど。
「……チクショウ」
弱々しい声でそう毒づいた後、俺の意識は暗い闇の中に溶けていって、そして何も感じなくなった――。
――ここは何所だ?
気が付くと暗闇の中だった。
一片の光りも無く、自分が目を閉じてるのか開けてるのかもわからなくなりそうだ。
今自分がどんな状況に置かれているのか、よく分からない。深い眠りから覚めた直後みたいに意識がはっきりとしない。
俺は死んだのか?
ぼんやりとした意識のまま、その場で身じろぎをすると、それだけで体が何かにこすれる感触があった。
どうやら殆ど身動きが出来ないほど、狭い何かの中に自分はいるらしい。
「――」
声が聞こえた。
「――様――う様」
声はまるで、壁の向こうから聞こえてくるようにくぐもっている。
ただ不思議とその声を聞いていると、ぼんやりとしていた意識がはっきりとしてくる。
「お目覚め――守護り――様」
誰かが俺を呼んでいる。
何を言っているのかわからないのになぜだかハッキリとそう確信した。
行かないと。
ぼんやりとした意識のまま、目の前にある壁を押してみると、それは思いの他もろく手が突き抜けてしまった。
突き破り開けた穴から光が差す。
開けた穴を広げるように、自分を包んでいた何かを崩し、外の世界へと脱出を果たしたその瞬間。
「「「ウォォォォォォッ!」」」
「なんだ!?」
突然の大歓声に度肝を抜かれ思わずそんな声が漏れるが、そんなものあっという間に掻き消されてしまうほど辺りは沸きに沸いていた。
「守護竜様が、守護竜様が卵からご生誕なされたぞ!」
「バンザーイ! バンザーイ!」
「これでフィロール王国も安泰だ!」
一体全体こいつらはなんで、なにを言ってるんだ?
困惑しながら辺りを見回す。
何やら神殿の様な場所の中、そして辺りを埋め尽くすほどの人、人、人。
そんな人々の視線の全てが、自分に注がれている。
「守護竜様」
声が聞こえた。綺麗で聞いた人の心を落ち着かせるようなそんな声。
暗闇の中で呼びかけてきていたあの声だ。
咄嗟にその声がした方へと視線を向ける。
豪奢でありながら気品を感じられるドレスを着て、綺麗な銀色の髪に宝石の様な青色の瞳という現実離れした容姿。
穏やかで品がありながら大人の艶やかさを感じるような、そんな女が朗らかで優しげな微笑を浮かべている。
そいつはまるで、おとぎ話のお姫様の様だった。
「初めまして。わたくしはアンヌ・フィロール・ドラグニル。このフロリア連合王国の王女であり、これからあなた様のお世話をさせて頂きます巫女でございます」
お姫様がまるで俺のことを崇め奉る様に頭を垂れる。
そこでようやく、さっきから聞こえてくる守護竜というのが自分のことだと言うことを自覚する。
しかし守護竜ってのはいったい?
何が何やらと思いながら自身の姿を見下ろしてギョッとする。
誰よりもよく知っているはずの自分の体が、自分のものでは無くなっていた。
手も足も腹に至るまで、体の全てがは虫類を思わせる白い鱗に覆われた別の物に変わり、そして今更気が付く違和感。
具体的には背中とお尻の辺り。何か今まで無かった物があるようなそんな感覚があった。
「戸惑われておられるのですね。無理もありません、あなた様はまだこちらの世界にご生誕されたばかりなのですもの」
微笑みを浮かべながら目配せをすると、どこから現れたのかいかにもメイドらしい恰好をした女がお姫様に手鏡を差し出した。
そうして俺の前に翳された鑑を見た瞬間、自分の目を疑った。
そこに映し出されていたのは、体中を白い鱗に覆われ翼と尻尾をはやした生き物。
たとえるなら竜やドラゴンとしか言いようのない何かの姿。
唖然としたまま俺がなんとなく右手を上げてみると、鑑の中のそれも同じように右手を上げる。
それは確かに、間違いなく、鑑に映し出された今の俺自身。
「あなた様はこことは違う異世界より転生し生まれ変わられたのです。このフィロール王国の守護竜様として」
……な。
「なんじゃそりゃぁぁぁぁ!」
あまりにもファンタジーで突拍子もない展開に、俺は取りあえずその場で叫ぶ事しかできなかった。
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