第12話 ちっさ

「せっかくリルリが魔導で気配を消して上げたのに、あっさり見つかって返り討ちとか、ホント使えないざこばっかり」


 カンに障るその声がする方に視線を向けると、さっきの男達と同じように空間からしみ出す様に人影が現れる。


 そいつも顔を隠していたが、さっきまでの男共とは違って細身で小柄、話す声はあどけなく明らかにガキのそれだった。


「それにしても噂の守護竜ってのがどんなのかと思って見てたけど、なんというか……ぷっ」


 いいながらそいつは無遠慮に俺の事を見たかと思うと、急に吹き出し人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて。


「ちっさ」

「ああん!」


 明らかに馬鹿にしたニュアンスが籠められた一言に堪忍袋の緒が切れる。


 俺は周りの男共にしてやった様に魔導で作った空気の塊をそいつに叩きつけた。


 大の男が一発で昏倒するような一撃だ、ガキなんてひとたまりもない。


 そのはずだった。


「へぇ、詠唱アリアなしで魔導が使えるだ、すっごーい――でもぉ」


『――――』


 その時、女が何かの言葉を口ずさむ。


 一見、鼻歌の様にも聞こえたその不可思議な言葉を女が口にしたその瞬間、突然風の弾丸が弾け飛んだ。


「なッ?」


 想像もしていなかった事態に思わず驚きの声が口からこぼれる。


 空気の弾丸が霧散して生まれたそよ風に撫でられながら、女はまるで何事もなかったみたいにそこに立っている。


 俺が魔導を解いた訳じゃない、ただ感覚で分かる。


 放った魔導のが、目の前のこいつに奪われたのだ。


「ねぇ、どうしてこの力が魔導って呼ばれてるか知ってる?」


 まるで勝ち誇った様なムカつく声で女が唐突にそんなことを言った。


「大気に漂う魔素マナを意のままに導き操る、だから魔導って言うの。そんな魔導士が魔素の主導権を奪われるって事がどういう意味か分かる? それはぁ」


 女は顔覆う布の上からでも分かる程口元にニヤリと挑発的に笑いながら徐に手を翳し。


「埋めようのないほど圧倒的な力量差」


 そう言って、女があの不思議な言葉を口にしたその瞬間、途方もない重圧が俺にのしかかった。


 訳も分からないながらもどうにか踏ん張って倒れる事だけは拒否したがそれが限界だった。


 どうやら魔導で重力か何かを操っている。


 だとしたら、いま女が口にした旋律が前にお姫様の言っていた詠唱アリアとかいうやつなんだろう。


 ただ分かったところで俺は身動きを取ることができなかった。


 床に押しつぶされそうになるのをこらえるのに精一杯でその場からまともに動くことができない。


 自分の魔導で中和しようにも、魔素の主導権を奪われ操る事ができない。


「守護竜様! あッ」


 俺に駆け寄ろうとしたお姫様が同じ魔法で身動きできなくされて苦悶の声が漏れる。


「なによ、国を守る竜だなんだって言われてる癖に、よわよわのざこじゃん拍子抜けぇ」


 一度発動すれば詠唱は必要ないのか、女が喋りながら屈みこんで俺の顔を覗き込んでくる。


 布の隙間から覗く薄紅色の瞳が嘲り笑う。


「ねぇ、守護竜だなんだって持て囃されといて、女の子一人に手も足も出ないで床に這いつくばってるのはどんな気分? 悔しぃ?」


「こっ……の、なっめっん……じゃねぇー!」


 挑発を繰り返す女への怒りからくる渾身の力を手足に籠める。


「あはっ。ほぉらぁ、ガンバレ、ガンバレ」


 重圧は変わらず俺を押しつぶそうとするが、これ以上舐められてたまるかと押さえつけられそうになる顔を上げ、俺を見下ろし嘲笑う女を睨み付ける。


「いつまでもっ……調子乗ってんじゃねぇぞっ……ぜってぇ泣かすっ!」


「へぇ口ごたえとかしちゃうんだぁ」


 女が俺へふたたび手を翳し。


「生意気」


 女が重ねて詠唱を口にしたその時、俺にのし掛かる重圧が更に上がり、何かがミシミシと悲鳴を上げる音がする。


「どう苦しぃ? 苦しいよね。生意気いってごめんさいって謝ったらカンベンして上げる。ホラ言え、言っちゃえ」


 重力で血液が引っ張られて頭に届いていないのか、段々意識がもうろうとしてくる。


 いまにも意識が飛んでしまいそうな、そんな中で俺はどうにか口を動かした。


「ん~なぁに? 聞こえなぁい」


 か細い俺の声を聞くために、女が俺に耳を寄せて来たその瞬間。


「ガアァァァァッッッッ!」


 その耳元に向かって渾身の力を籠めて吠えてやった。


 もろに響いたのか女は片耳を塞ぎながらその場で踏鞴を踏み、苦々しい顔で俺の事を睨んだ。


「はっ、ざまぁみやがれクソガキが」


 変わらず重圧が俺をつぶそうとのし掛かり、このままじゃ死ぬぞと体中が警告をならしているのが分かる。


 だが、そんなもの知ったこっちゃ無い。


 例え体がつぶれようが絶対に目の前のこいつに吠え面書かせる、誰に喧嘩を売ったのか分からせてやる。


 その負けん気だけで俺は女を睨み付け続け徐々にだが、一歩を踏み出す。


 一歩、二歩と歩み寄る俺を女は冷めたような目で見つめ。


「もういい……死ね」


 冷酷な声を響かせながら、女がまた手を翳したその時だった。


「おやめ下さい!」


 切羽詰まったお姫様の声が響く。


「あなたの要求に従います、だからもうこれ以上その方を傷つけないで。どうか……」


 いまにも泣き出しそうな声。


 仮にも一国の主とは思えない様な情け無いその懇願に俺はまた苛立ちを覚える。


 勝手なこと言ってんじゃねぇ、てめぇは関係ねぇだろが。


 そう思うがその苛立ちを口に出すことはできなかった。


 重圧に圧迫され思うように息を吸うことができない、意識もいまにも飛びそうだった。


「……つまんなぁい」


 女が白けた声でそう言って翳していた手を下ろすと、俺にのし掛かっていた重圧がフッと軽くなる。


 その反動なのか体が一瞬飛び上がる様な錯覚と酷い目眩に襲われる。


 力一杯張っていた糸を、途中でぶつりと切られた様なそんな感覚。


 まずいと思ったときににはもうすでに遅く俺はその場で倒れ込み、ギリギリで踏ん張っていた意識も遠くなっていく。


 意識が朧気となっていく中、女に蹴飛ばされ目を覚ました男達がお姫様を抱え何処かに連れて行くのが見えた。


 ちくしょう、何が守護竜だ。散々持ち上げられといてこんな程度じゃねぇか。


 結局……俺は……また……。


 そうして俺の意識は完全に闇の中へ溶けた。

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