第17話 甘えたっていいんですよ

 お姫様の突然な行動に俺は戸惑いながらも抗議しようとするが。


「守護竜様は、ずっと頑張っておられたんですね」


 耳元でささやかれたその言葉の意味を、俺はすぐには理解できなかった。


「お父さん、お母さんの期待に応えようとずっと、ずぅ~と」


 なに言ってんだ? 俺のことをはげましてるつもりかよ。


 他人からの哀れみなんてそんなもの何の意味がある、ただムカつくだけだ。


 ちょっと話しを聞いたくらいで理解したような面しやがってふざけんな。同情でもしてるつもりかよ?


 同情も哀れみもクソ食らえ、俺は一人、それでいいんだ……そのはずなのに。


「よく頑張りましたね、偉い偉い」


 気が付くとツーと涙が俺の頬を静かに伝っていた。


 別に悲しいわけでも痛いわけでもない、心は穏やかで涙を流す理由なんて何も無い筈なのに、視界の中の水位が上がっていく。


「ああクソッ! なんだよ! ふざけんなよクソッ」


 目元から零れる涙を何度も何度も拭うが涙は止めどなく溢れて止めることができない。


 涙を流す度、心の中にあった冷たくてトゲトゲした物が溶けて流れ出ていくような感覚だった。


 一言。たった一言の言葉だけで向こうの世界にいた頃から胸の中でわだかまっていた苛立ちが消えて無くなっていく。


 それが悔しくて、情けなくて、どうにか涙をこらえようとするけど出来なくて。もう自分では何が何だか分からなくなりかけていた、その時だった。


 不意に何か暖かい物が俺の頭に触れる。


 突然の事で一瞬それがなんなのか分からなかったが、体が覚えていた。


 こっちに来てから何度も伸ばされては払いのけてきたお姫様の手が、今までそうしていたようにゆっくりと俺の頭を撫でる。


「よしよし、いいこいいこ」


 一周回って笑っちまいそうな、ベタでやさしい掛け声。


 聞いてるだけで恥ずかしくたまらなくなるようなそんな声を聴いて心が安らいでいく自分がいる。


 そうしている内に俺の中でようやく何かが腑に落ちた。


 ああそうか、俺はずっと誰かに褒めてほしかったのか。


 誰よりも頑張ったなんて言わない、本当に頑張ってる奴と比べたら俺のやって来た事なんて屁みたいなものだったかもしれない。


 ただそれでも、俺は誰かに認めてもらいたかった。


 一言、よく頑張ったなって言ってほしかった。


 ただ、ただそれだけの事だった。 


 なんだよ俺が今まで抱えてたもんなんて、その程度のもんだったんじゃねぇかよ。


 本当に、馬鹿みたいだ。


「なぁ、俺は……ほんとに頑張てったかな? 父さんや母さんの期待には答えられなかったけど。それでも、一生懸命頑張ったんだよって、言って良かったのかな?」 


「ええ、もちろん。守護竜様はとっても頑張り屋さんのいい子なんですから――だから、もっと甘えたっていいんですよ」


「でも俺は! 色んな人を傷、付けた。 父さんも母さんも……あんただって。……沢山の人を傷付けた、そんなおれがっ!」


「私が許します。例え誰かがあなたの事を責めても、例え多くの人があなたを許さなくても、私はあなたを許します。あなたの味方で居続けます、あなたの側から離れて行ったりしない、例え何があっても、だから――」


 お姫様の声が潤む、いっぱいの涙が彼女の瞳を揺らす。何でここでお姫様まで泣くのか俺にはさっぱり分からない。


 でも何故だか、その涙は元々俺のものだった様な気がした。俺が今まで流せなかった涙をお姫様が代わりに流してくれている、そう思うと息が苦しくなった。


「だからどうか守護竜様もご自分のことを許してあげて、自分の事を責めないで。あなたは許されてもいいんです」


「そっか……そっ…か……」


 呼吸はそのうち嗚咽になって、気が付けば俺は堰を切ったようにお姫様の胸の中で泣きじゃくっていた。


 母親に抱かれる赤ん坊のように泣く俺の頭を、お姫様はただ優しく撫で続ける。


 その行為は今まで鬱陶しくてたまらなかった筈なのに今はその手を払いのける事が、俺にはできなかった。




「落ち着かれましたか?」


 どれくらい時間が経ったのか、俺の涙が落ち着いてきた頃、お姫様がそう声を掛ける。


 その声をきいて我に返った俺はいつ間にかお姫様の胸元へうずめていた顔を引きはがし慌てて距離をとった。


「あらあら、もう少し甘えてくれてもよかったんですよ?」


「いい! つうか別に甘えてなんてねぇ」


 人前で泣きじゃくるなんて、俺としたことがなんて軟派なことを!


 しばらくは寝る前に思い出しては悶絶すること確定な大失態だったが、それでも不思議と気分は悪くないものだった。


 胸のつっかえが取れたというか、ずっとのどに刺さってた魚の骨が取れた時みたいな解放感と清々しさがある。


 おかげで、覚悟も決まった。


「……なぁ、姫さん。ここから出よう」


 俺は姫さんにそう提案した。

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