2.5章 彼女の居場所

第33話 彼女達の朝は早い

 日が昇り辺りの空が白む頃、彼女たちは起き出して仕事を始める。


 彼女たちの仕事は多岐にわたるが、その中でも大半を占めるのは城内の清掃だ。たかが掃除ではあるが、村一つは優に入ろうかという広大な城内だいくら人手があっても足りることはない。


 早朝からパタパタと城内を駆け回る彼女達の中に一際目だつ褐色の肌に薄紅色の髪をした少女の姿があった。


新人ネコミミ! こっからここまでの窓拭きお願い!」


「……」


「そこの新入りネコミミ! やることないならバケツとモップもって東塔の掃除!」


「…………」


新人ネコミミさん! そろそろ女王様がご起床なさるはずだから食堂の鍵開けておいてくださる? それが終わったら集めた洗濯物の洗濯を」


新人ネコミミ!」


新入りネコミミ!」


新人ネコミミさん!」


「ネコミミ、ネコミミうるさぁーい!」


 スパァーン!


 叫びながら地面に叩きつけられたネコミミカチューシャが跳ね返り弧を描きながら三回転半したところで勢いをなくして着地する。


 フィロール連合王国、その中央に位置する首都ドラグニル。その王城で働くメイド達の慌ただしい朝も終わり業務が一段落着き始めた頃、庭園の片隅で掃き掃除をしていたルリルが突然爆発した。


「ルリル新人ネコミミメイド。奉仕中は何があろうとそのネコミミを外さないでください」


 荒れているルリルに対して眉一つ動かさず、抑揚の無い声で叱責するのは共に庭園の掃き掃除をしていたメイド長のセリスである。


「うっさい! ルリルに指図しないで」


「それは出来ません。私はこの城のメイド達を束ねるメイド長お姉さまであり、あなたの教育係を女王様より仰せつかる身。あなたに指図するのが私の仕事です」


 生真面目な表情をピクリとも動かさず淡々と話すセリスの態度にルリルは益々苛立ちを募らせていく。


「そんなこと知らないっ! そもそもなんなのよネコミミこれ、バッカみたい」


「馬鹿みたいとは聞き捨てなりません。そのネコミミははこの城に仕える新人のメイドだけが身に着けることを許される有所正しいものです」


「有所正しいかどうかなんてどうでも良い! ルリルはデザインが馬鹿みたいって言ってんの! そもそもこの服だって無駄にフリフリしてて動きにくいし、それに、みっ見えちゃうじゃないのこんなの!」


「? 中にパニエを履いているのだから肌着が見えることはない筈ですが」


「き、気分の問題よ、気分の!」


「なるほど……では、あなたに我がセバスチャン家に伝わる格言を一つ教えましょう」


 セリスは姿勢を正し軽く深呼吸をしその生真面目な表情を一切崩すこと無く、ハッキリとした声で言い放った。


「パンツじゃないから、恥ずかしくないもん☆」


「あんたは言ってて恥ずかしくないの?」


 表情をピクリとも動かさずそんな事を言うセリスに思わず素でツッコミを入れるルリルだったが、そんな物には一切動じることなくセリスは堂々とした態度を崩さない。


「これは遙か昔、我がセバスチャン家が守護竜様から承ったお言葉です。それと私の事はあんたではなくメイド長お姉様と呼ぶようにと言っているはずです」


「呼ぶわけないでしょ、なんでルリルが」


「はあ、やれやれ」


 抑揚のない何所か無機質な声で、セリスは呆れたと言わんばかりに首を左右に振った。


「何にしても、そのネコミミやメイド服は守護竜様の世界より伝えられた侍女の正装であり、この城に仕えるメイド達が代々受け継ぎ身につけてきたもの。この城で働く以上それを乱すことは許されません」


「別にあんたに許してもらうつもりなんてない。もうネコミミあんなもの、二度と付けてやるもんか」


「もう、付けていますよ」


「はぁ? って、ああ! いつの間に!」


 気づかない内に頭に戻されていたネコミミをルリルはすぐに引きはがそうとするが。


「言っておきますが、私はあなたが言うことを聞かないなら報告をするようにと守護竜様から仰せつかっています。もしまたそれを外すなら私はその事を守護竜様に報告しなければならなくなりますが、それでも良いのですか?」


「うっ! ……くぬぅ」


 掃除の手を止めることなく淡々と口にしたセリスの忠告にルリルの動きが止まり、屈辱一杯の表情でネコミミに掛けていた手を渋々離す。


 そんな彼女の様子など一切気にした様子もなく、セリスは庭園に置かれたオブジェを黙々と磨いていたが。


「セリスメイド長お姉さまお忙しいところ申し訳ありません、よろしいですか?」


 別の場所で仕事をしていたメイドがセリスに呼び掛け少し慌てた様子で歩み寄り、耳元に顔を寄せて何かを話しだした。

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