Side→K 4話

 待ち合わせ場所はここだ。

 昨日魔法使いを名乗る男に指定された電停に、陽向を連れてきた。

 大きな荷物を手分けして持ちながら、真澄は娘の手を握りしめる。


「……グレイさん!」

「はぁい」

 呼びかけると、直ぐ横から返事が聞こえた。

「……!!?」

 いつの間に佇んでいたのか。

 驚きに瞬いて線路に落ちそうになる真澄を、グレイは優しく支えた。

「おっと、驚かせてごめんね」

「大丈夫です……」

 大丈夫とは言うが、真澄はジト目だ。

 くすくすと笑う青年を見て、陽向は瞳をぱちくりさせている。

 ああ、母娘そっくりだとグレイは微笑んだ。


――今の人どこから……。ずっと見てたけど、いなかったよね。

 まるで手品か魔法のようだと陽向の興味を引いた。


「改めて、三宅真澄です。こっちは娘の陽向です」

「三宅陽向です。初めまして……」

 母に紹介され、娘はおずおずと挨拶をして行儀良く頭を下げた。

「初めまして。僕の事はグレイと呼んで。師匠に貰った大切な名前なんだ。

通りすがりの魔法使いだよ」

「魔法使い……?」

 こてんと陽向は首を傾げる。

 腕の良い手品師だろうか。確かに魔法使いの名に相応しい腕前だ。


 その様子を伺いながら、真澄はどきどきだ。

――信用して、良かったのよね……?

 大きな賭けをしたとはいえ、失敗した時が怖い。

 陽向は今度こそ自分が守らなければ。

 心から信用が出来るまで、陽向の傍を離れないか自分がこの男に張り付こうと心に決めていると、グレイが真澄を見た。


「じゃあ二人とも、行こうか」

「はい」

「どこへ……?」

 小さな声で陽向が尋ねた。

 伸ばした手が大きな掌に包まれる。

 グレイは右手に真澄の手を、左手に陽向の手を取ると……。


 一瞬の後、二人の視界が電停から森の入り口に変わった。


「『ええ……!!?』」

 これには二人とも心から驚いたようで、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

「え、すごい、すごーい!!瞬間移動!!?」

「その通りだよ。瞬間移動と変装と薬作りしか能がない魔法使いなんだけどね」

「すごいよ、充分だよ!」

 現実に存在しないものを見せつけられ、陽向のテンションはかなり上がっている。

 真澄はぐりんっと振り返って。

「本当に魔法使いだったのね……!!?」

「だからそう言ってるじゃないか。嘘ついてないよ」


 グレイは両手を広げて人好きのする笑みを浮かべた。


「ようこそ、僕の敷地内へ。

ここさ、結界張ってるから招待した人しか来れないんだよね。

だから僕は長い間独りぼっち。

結界の解き方を師匠から聞き出す前に逝かれちゃったの。

招待の仕方は分かるから別に支障はないんだけどね……」


 やがて両腕を下ろして、森の奥に足のつま先を向けた。


「二人ともいらっしゃい。

時間の許す限り、二人が居たいと願い続ける限りいていいよ。

招待を掛けるまで誰も此処に来れないから、ゆっくり落ち着けるよ」

「本当……?」

 優しく甘い言葉に陽向の心が惹きつけられる。

 此処にいるのは、どこまでも着いていくと決めた母と、手を差し伸べてくれたこの優しい人だけ?

「うん。今ここに住んでるの僕だけだから。

師匠も妻も僕を置いて逝っちゃったの。ひどいよね」

「お子さんはいないんですか?」

 いない気はしたけど真澄は一応聞いてみた。

「いないなあ。残念ながら子宝に恵まれなくて。

まあ、僕みたいな父親がいても子供が困りそうな気はするなあ」

 肩を竦める青年は年齢をまるで感じさせない。

 見目は30代半ばごろに見えるが、雰囲気も性格も年齢不詳だ。

「怖い人、本当に来ませんか……?」

 期待を込めて確認を重ねる陽向にグレイは安心させるように言葉を紡いでいく。

「うん、来ないよ。新たに人を招待したいときは、必ず君達二人に呼んでいいか聞くから」

「! そうしてください、お願いします……!」

「うん、約束するよ」

 心から安堵した様子で陽向が微笑んだ。


――陽向の笑顔、久々に見たわね……。


 ちょっと複雑な気持ちだが、それでいい。

 どんな手段であれ、娘に笑顔が戻るならそれが一番だ。

 真澄は手を差し伸べてくれた魔法使いに心からの感謝を抱いた。


 グレイが道案内をしてくれるので、真澄も陽向も着いていく。

 川のせせらぎと木の葉の揺れる音が心地良い。

 人工的な光もなければ音もない。

 夜に出歩くことは出来そうにないが、月明りがあるので家の中に居れば不便はないだろう。


「グレイさん、あれビニールハウス?」

「そ。ハーブや薬草の栽培をしているよ。僕のお金を稼ぐ手段かなあ」

「そうなんだね」


――確かにお金に困ってないと言っていたわね……。

 会話を聞きながら、真澄が言われた言葉を思い返した。

 なるほど、ビニールハウスの中は見えにくいが相当の広さがある事が伺えた。

 あれを全て有効活用出来ているなら、食べる事に困らないだろう。


 歩いていると、古風の洋館に辿り着いた。


「わ、大きいね……!」

「でしょー。一人で住むには広すぎかなあ。部屋は余っているから、どうぞ自由に使ってよ」

「ありがとう!」


 真澄は静かに観察する。

 なるほど、これは確かに広い。

 けれど迷路という程でもない。5,6人ほどが余裕で住めそうな広さだ。


 この男が同居人を欲しがる理由は話される内容や言葉の端々で理解できた。

 確かにこの広い屋敷に独りぼっちなら寂しいだろう。

 彼が師匠と妻を心から愛していたなら尚更だ。


 門をくぐり、二人を入れるとグレイは閂をかけた。


「わ、わあ……!!」


 陽向が目の前を見て歓声を上げた。

 庭が完成されているのだ。

 玄関の近くから庭を埋め尽くすのは、沢山の薔薇だ。

 剣弁咲きから一重咲き、イングリッシュローズまで様々な品種や色の薔薇が思い思いに咲き誇っている。


「素敵!」

 とててと薔薇に近寄って真正面から覗き込む。

 ふわりと香る花の匂いが鼻をくすぐる。

「綺麗でしょ?なんならこれから陽向ちゃんが薔薇のお世話してみる?」

「いいの!?」

 振り返った陽向はぱっと明るい表情をしていた。

「いいよいいよー。育て方も教えるからね。

薔薇の品種改良もしているし」

「わあ、凄いね……!」


 右に赤い剣弁咲きの薔薇、左にセミダブル咲きの白い薔薇。真正面には優しいピンク色のロゼット咲きの薔薇。

 横道それればアプリコット色のつる薔薇がある。

 それを見ようと足を踏み出したところで、左足をくじいた。


「わ!」

「もう、陽向ったら」

 直ぐ近くにいた母親に支えられ、頭を撫でられた。

「ありがとう、お母さん」

「ええ。大丈夫?」

「ちょっと足痛いかな」

 陽向が左足を軽く上げながら顔を顰めた。

「二人とも中に入って。手当てするよ」

「お願いします、グレイさん」

「お邪魔しまーす」


 和気藹々としながら3人は家の中に入っていった。

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