Side→R 3話
家の中で事情聴取を受けた。
母と一緒に話を聞かれたのが幸いだった。
自分一人だけだと参ってしまっていただろう。
結果として、自分が一度現場にいて逃亡したことはバレていたが、溜息だけで済ませてくれた。
刑事も日向の気持ちは解っていたのだろう。しかも相手は高校生である。
刑事が帰った事には真澄も日向も心身ともにくたくたになっていた。
けれど一つの希望が胸にあった。
ーーお兄ちゃんが生きている。
遺体は上がっていない。目撃情報もある。
刑事は最大の容疑者の家族の事情聴取と共に、匿っていないか確認したかったのだ。
匿いの疑いはまだ持たれているものの、令状でもなんでも取ってくればいいと思う。この家に秀一はいない。
味の強いカップラーメンを口にしながら、一つの希望だけが母娘を繋ぎとめた。
日向はチラリと母親を見る。
ーーお母さん、お兄ちゃんに恐れてるのかな。
それが日向は理解が出来なかった。
たとえ人を殺していようとも兄は兄だ。優しい兄であり、一人の人間なのだ。
殺人に走った動機は単純明快で、仕事の異常なストレスによる暴走だ。
それが理解できているからこそ、救えなかった悔しさは覚えど恐れはまるでない。
刑事に見つかる前に秀一を捜して話をしようと健気な妹は固く決意した。
それから日向は、日中は学校に通い、残りの時間全てを兄捜しに費やした。
知り合いや友人の家を捜し、兄が好きそうな場所も当たる。
しかしすべて空振りだった。
ネットの目撃情報も頼りにするが、デマだらけでまるで使い物にならない。
容疑者である兄への酷い誹謗中傷や、現住所まで晒されており、酷い吐き気を覚えてパソコンの画面を閉じた。
一体彼らは人の人生を何だと思っているのだろう。吐き気がする。
殺人は確かに良くない事だが、日向にはとても責められなかった。
仮に百歩譲って兄が非難されるのは仕方ないとして、家族の住む場所が情報の海に流れるのは悪意を感じる。
家への電話を取れば、無言電話だったり罵倒だったりした。
もしかしたら兄かもしれない、刑事から兄が見つかったという連絡かもしれないという一縷の希望を砕いた。
ーーひどいよ、人をなんだと思っているの!!
画面の向こうの人達こそ得体の知れない化け物に思えた。
人と言うのは非がある人を正義面して叩いて優越に浸る生き物なのだ。
自分へのイジメを介して嫌と言う程知っていたのに、改めて思い知らされる。もうお腹いっぱいだ。
家にいても悪戯電話に悪意のある手紙が舞い込んでくる。
それもあり、日向は何度も挫けそうになりながら登校した。
「……なに、これ」
机の上に書かれていた落書きの内容が変わっている。
『殺人犯の妹』『兄が兄なら妹も妹』『愚図』『犯罪者の味方』など、秀一の犯罪が確定になったかの内容だ。
自分への悪口なら許せるが、兄への侮辱は絶対に赦さない。
ワナワナと震えていると、イジメグループの主犯が声を掛けてきた。
「……何?狩野さん。満足?」
「……なにこいつ。犯罪者の妹の癖して生意気な」
「わたしが貴方に何をしたっていうの?傷つく相手を見ながら食べるご飯は美味しい?
お兄ちゃんがああなったのは環境が悪かったせいだよ。本当はとても優しいの。
わたしへの悪口ならいいけど、お兄ちゃんへの侮辱は赦さないよ」
「こいつ!」
グーで殴られ、日向の身体が吹っ飛んだ。
ガラガラと机が倒れ、近くにいた地味な男子が悲鳴を上げた。
見ていた人達は顔を見合わせるが、殺人犯を庇う日向への視線は厳しい。
「おい、そろそろやめとけよ。下手したら暴力沙汰だぜ」
「な、成瀬君……」
音を聞いて駆け付けたのか、廊下から教室に顔を出したのはイジメの主犯の想い人だ。
指摘された恥ずかしさと憎い相手をかばう姿に狩野の顔が真っ赤に染まる。
どうして彼がこんな子の味方をするのか。
ギロッと睨むとイジメっ子は教室から出て行った。
「三宅。大丈夫か?」
「成瀬君……。ありがとう……」
声を掛けてくれるクラスメイトに、お礼を言う。
まさか自分を助けてくれると思ってなかった。
嬉しさよりも思いがけない出来事に放心状態になる。
日向は成瀬の表情を、瞳をじっと見た。
「口のところ血がついてる。切ったのか?」
「あ……。唇を強く噛んだかも……」
「怪我はどうだ?」
「背中が凄く痛い……」
「保健室行くか?立てるか?」
手を差し伸べてくれるので感謝しながら手を取った。
そのまま保健室に行き、彼が背中を向けている近くで、カーテン越しに手当てをした。
心配そうにする保険教諭にイジメの事実だけを淡々と伝えると保健室を後にした。
「成瀬君。ごめん、早退するって先生に伝えてくれる?」
「ああ。……なんであいつ、そんなに三宅の事……」
「狩野さんは成瀬君が好きなんだよ。成瀬君が前にわたしの裁縫を褒めてくれたでしょ?
それが嫌だったみたい」
「え……。そんな……ことで?」
「そう、そんな事なの」
些細な事だ。でももともとマウント取りがちの少女からはどうしても許せない事だったのだろう。
「俺が話をするよ。もう暴力を受けないように」
「いいよ。成瀬君がわたしの味方になったら滅茶苦茶憎まれるし。もういいし……」
もういいとそっぽを向く日向に、成瀬は不登校の気配を感じ取ったのだろう。
手をそっと引いて。
「良くないだろ。狩野が仮に俺の事を好きでも。俺が好きなのは三宅なんだ」
「え……?」
「俺と付き合ってほしい。ちゃんと守るから」
ーー好き……?わたしの事を?成瀬君が……?
何度も瞬いて、彼の顔を覗き込んだ。
ーーああ。嘘吐きだなあ……。
好きだと言うなら、異性として惹かれているというのなら、何故今まで止めてくれなかったのか。
さっき虐められている自分を見ていた彼の表情は。
紛うことなき、愉悦だった。
彼は虐められている姿が、泣く姿が好きなのだろう。
凄くドSの気質を感じる。
彼と付き合えばサービスのSが受けられるのかな。
でも、優しい関係になれそうにない。
だって彼も嘘吐きなのだから。
彼は弱っている日向なら簡単に靡くとでも思ったのだろうか。
「ありがとう……。成瀬君。成瀬君の気持ちとても嬉しいよ」
「三宅……」
「でも……。わたしは、一刻も早くお兄ちゃんを見つけないといけないから。
わたしの家の事情に、成瀬君は巻き込めないよ。
だから、……ごめんなさい」
感謝しています。好意が嬉しいです。
こんな状況じゃなければ考えたかも……だなんて。
嗚呼、わたしも嘘吐きだ。
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