Side→S 11話

 ロゼッタを支えて彼女の部屋まで来た。

 そっと扉を開けて、部屋の中に入る。

 左手に持ったペットボトルの水を机に置くと、ロゼッタをベッドに横たえた。


「大丈夫か……?」

「うん、ありがとう……」

 よく見たら顔が白い。

 それなのに人の心配をして、この子は。

 優しく頭を撫でていると、その手を取られる。

 すりすりとすり寄ってくる様子に鼓動が跳ねた。

「ロゼッタ、無理するなよ」

「うん、大丈夫。傍に柊さんがいてくれるんだから」

 満面の笑みは、まるで太陽の下で咲く向日葵のようだ。

 柊は少し考えてから、少しだけ踏み込む。

「頼られるだけの事、出来てない気はするんだけどな。

ロゼッタに頼られるくらい、頼りがいのある男になるからさ。一人で無理するなよ」

 その言葉に一瞬目を丸くした後、心底嬉しそうに笑うのだ。

「ありがとう。わたしは大丈夫だよ。お父さんもカスミさんもいるもん」

「ちゃんと頼れてるか……?」

 意識しなくても声に心配が灯る。

「うん、頼れてる、と思う……。

特にお父さんはね……恩人だから」

「恩人……?」

「うん。わたしを辛い場所から救い出してくれた恩人。

お父さんのお陰でわたしは新しいわたしになれて……とても充実しているの……」

「…………」

――新しいわたし……?

――トラウマ持ちだと言ってたし、辛い環境から救い出してくれたのがグレイさんなのかな。

 それなら代わりにお礼を言いたいくらいだ。優しいグレイがロゼッタを救ってくれたのだろうから。

「あのね、柊さん。わたしも……辛かった時期があるよ。

わたしは過去を忘れる事で、振り切る事で幸せになれた。

柊さんは、そうはなれない……?」

「俺、は……」

 改めて問われ、今一度自分の胸に問いかける。

 やがて出した答えは――。

「………忘れたいよ。思い出したくない。

だけど、多分それじゃいけないんだと思う」

「どうして……?」

「心の中でずっと警鐘が鳴ってるんだ。このままじゃいけないって、思い出せって」

 ロゼッタは唇を噛みしめて、柊の右腕を強く引いた。

「……っ!?」

 いきなり抱きしめられて驚きに視線を右へ左へ。

「わたしがいるよ。ここにいるよ……。

柊さんを苦しめる現実なんて、いらないよ」

――理性があなたを苦しめるなら、そんな理性はきっと要らないから。

 ロゼッタは柊の頬に手を添えて、そっと顔を近づけた。

――え。

 いきなり愛おしい娘の顔が近づいてきて思考が止まりかける。

――いやいやだめだろ…!?

 身を引くが、動きが止まっていたので少し遅れた。

 柔らかい唇が一瞬当たり、赤面する。

「………柊さん」

「……ロゼッタ」

「わたしが、忘れさせてあげるよ。苦しみから解放させてあげる」

 しなやかな指が柊の首筋を撫でた。

 ぴくりと男の肩が跳ねると、娘は満足そうにもう一度顔を近づけた。

「ん……」

 今度は避けることが出来ずに、二人の唇が重なり合う。

 上がった体温を、熱をどう冷まそうかと思案しながら柊は一人焦る。

――ええと、ロゼッタとキスして……。どうなるんだ。

 唇を重ねて、一度離してまた重ね合わせて。

 熱い舌が滑り込んだので躊躇った後に応じるように絡め合わせた。

 息がしにくくて、頭がぼうっとする。

――やべ、これ、気持ちい……。

 意図はなんとなく分かる。

 キスをして、その先をして、その情熱で嫌な事を忘れてしまおうというものだろう。

 確かに熱を奪い合い、そのまま寝れば悪夢は見ないかもしれない。

 今と言う幸福に浸れば、嫌な現実は去ってくれるかもしれない。

 その相手にロゼッタがなってくれるなら、これ以上のない幸福だ。

「……はぁ……。ロゼッタ……」

「ん……」

 情熱のこもった瞳とぶつかった。

 また浸りたくなる。でも伝えなければ。

「俺は、ロゼッタが好きだ」

 心に秘めていた想いを告げれば、更に熱が上がる。

 告げられたロゼッタも頬を更に赤くして頷く。

「だから……ロゼッタを大事にしたいんだ。

もっと自分の身体を大事にしてほしい」

「わたしも柊さんが好きだよ。柊さんがいいんだから、大事にしているよ」

「まだ煽るのはやめてくれ……」

 もっと欲しくなって仕方なくなる。その先に早く行きたくなる。

 今だって頭が痺れて、なんとか抑えているんだから。

 キスをするのをなんとか堪えて、かわりに思いっきり抱きしめた。

 体をくっつければ幸福感が満ちた。

「こんな風に、俺を救うために熱を奪い合うなんて……。

俺は嬉しいけど、いつか後悔されたくないんだ。

それに、多分俺が記憶を取り戻すのは避けられないと思う」

 きっとグレイの言う通りなんだ。

 いつか記憶が戻ってしまうから、衝撃を避けるように準備をしておくべきなんだ。

「後悔なんてしないよ。わたしが、柊さんが欲しいんだから。

……それに……。わたしだって、辛い事から忘れたいから……」

 ロゼッタの瞳の影が濃くなった。苦しみで曇っていく。

――ああ、そうか。

――俺を救うって掲げて、俺を救って……同時にロゼッタも救われたいのか。

 身体を重ねて傷を舐め合えば、愛する者同士慰め合えば乗り越えていけるかもしれない。

 少なくとも彼女がそれを望むなら……。

――それなら、躊躇う必要は、ないよな。

 頭を優しく撫でて、長い髪を撫でた。

 頬を撫でて額に口づけを落とした。

 腕の中の彼女がくすぐったさに身動ぎする。ああ、可愛らしくて愛おしい。

 今すぐ手に入れたくてたまらない。

「……本当に、いいん、だよな?」

 ロゼッタを優しく押し倒して、顔を覗き込んで柊は最後に確認した。

 こくりと娘が頷いたのを確認し、男は覆いかぶさった。

――そう、これがいいの。

 だってそのために、ふらつくふりをして部屋に呼んだ。

 優しい柊ならきっと送ってくれると思ったから。

 娘の瞳がハンターのそれに移り変わり、それを見られないように瞳を閉じる。

 彼の背中に手を回し、ぎこちなく触れてくる手に、温もりに全てを委ねた。

 そして二人は溺れていく。

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