Side→S 7話

「柊さん、おはよう!」

「おはよう、ロゼッタ」

 悪夢の翌日にも優しい現実は続いていた。

 比較的早く起きたが、ロゼッタは既に起きていて、庭の薔薇の水やりをしていた。

「早いな、ロゼッタ」

「えへへ、早起きでしょ!お父さんはちょっとお寝坊さんなんだけどね」

「そういえば朝ちょっと弱い…?」

「夜行性なのかもね、お父さん」

 昨日の真夜中も自分に紅茶を淹れてくれたくらいだ。夜の方が強い気はする。

 庭に出ると、如雨露で水やりを手伝った。

 ロゼッタがホースを使っていたので、届きそうにない場所を細かく水やりする。

「ありがとう!」

「いえいえ」

 赤色にピンク、橙から、青色や紫色まで。

 剣弁咲きからクォーターまで種類はよりどりみどりだ。

 改めてまじまじと見ている柊に、ひょこっと後ろから顔を出すロゼッタ。

「どしたの?」

「いや、改めて凄いなって。種類も多いし色とりどりだし。収集家顔負けだなって」

「だよね。お父さんのコレクションなんだよね。

私も薔薇が大好きだよ。眺めていると落ち着くの」

「そっか」

 ロゼッタがよく薔薇の手入れをしているのは、それだけこの色とりどりの花が少女の心の拠り所になっているからなのだろう。

 雑草抜きを手伝い、指示通りに肥料のボトルを刺す。

 柊はありがとう、の言葉と共に差し出される笑みに見惚れている自分に気づいた。

――良かった。

 昨日あんな夢を見たから知らず知らずのうちに身構えていたらしい。

 心配しなくてもこの愛おしい平穏は続いている。


「ロゼッタ、柊さん。おはようございます。朝ご飯が出来ましたよ」

「カスミさん、ありがとー!」

「有難うございます。行きますね」

 今日は和食だった。

 白いご飯に茄子のお味噌汁、塩鮭にひじきの煮物だ。

 もぐもぐと味わって食べていると、視線を感じた。

 ぱっと視線を上げると、カスミがほんのり微笑んだまま下に視線を落とした。

 来た日の夕食の時と一緒だ。

 カスミは普段あまり話をすることはないが、嫌われてはいないと思う。

 こうして料理を食べていると、安心したように微笑んでくれるから。

 もう少し話したい気持ちはあれど、会話のネタが思い浮かばない。

――まあ、いっか……?

 嫌われてないし。そのうちご飯のお礼でも言ってみよう。


「柊さん!今日はプチトマトを収穫するの!手伝って~!」

「分かった。もうそんな時期なんだな」

「とても新鮮に出来たんだよ。キュウリももうすぐ収穫できるね」

「楽しみだな」

 農具と籠を手に、二人が庭を出て畑へ向かっていく。

 リビングの部屋の窓からそれを眺めながら、カスミは安心したように微笑んだ。


「ただいまー」

「ただいま。野菜の収穫って難しいんだな……」

「そうなんだよね。早すぎてもダメ、熟れ過ぎてもダメ。

 一応毎日収穫には行けるから、見極めが大事だよね」

「ちゃんと食べられる量を取らないといけないからな」

「そういうこと!」

「おかえり、二人とも」

「おかえりなさい」

 リビングに顔を出すと、ソファで寛いでいたグレイと、洗い物をしていたカスミが声を掛けてきた。

「凄いね。綺麗に実がついてる」

「でしょー!お父さんが丁寧に育ててくれたし、わたしにもやり方を教えてくれたお陰だよ!」

「どういたしまして。カスミさん、早速プチトマトの料理してよー」

「アジのチーズパン粉ソテーに添えますね」

「やった!」

 チーズパン粉ソテーに添えたらきっと美味しいだろうな。

 今日の夕飯も楽しみだ。

 一旦部屋で休んでくるか。声を掛けて部屋を出ようと踵を返した時。


「……っと」

 後ろからロゼッタがタックルしてきた。何だろうか。

「ロゼッタ?」

「えへへ、柊さん。ありがとう!お陰で庭も畑も作業順調だよ!」

「どういたしまして」

 純粋な子の愛情表現、親愛表現なのだろう。

 少し照れ臭そうに笑顔を見せるから、よしよしと頭を撫でてやった。

 

 思えば、その日からロゼッタの親愛表現がエスカレートした気がする。

 感謝を伝えるときに抱き着いてきて、頭を撫でてやると嬉しそうに破顔する。

 本当の兄妹ではないし、あまり嫁入り前の娘さんにしない方が良い気もするのだが、あまり嬉しそうに笑うから、ついつい甘やかしてしまう。

 ロゼッタも甘えるのが好きなのだろうし、甘やかしてやりたい。

――ロゼッタはこうして抱きつくのも、頭を撫でられるのも好きなんだな。

 それが分かるから、俺であげられるものはあげたい。

「柊さん、大好き!」

「俺もロゼッタ大好きだよ」

 返す言葉は、まるで宥めるように。

「柊さん、優しいね!」

「そんなことないよ」

 褒める言葉には消極的に否定して。

 俺は優しくなんてないから。

――ああ、なんだか心が安らかになっていく。

 ロゼッタと過ごして触れるたびに優しい愛情が育てられるのを憶えた。

 これが恋なのだろうか?


 不思議な気持ちだ。

 過去にこうして傍にいてくれる誰かがいた気がする。

 恋人だろうか?

 仮に恋人がいたとしてもその日々に戻る気はないのだが……。

 でもそうだな。

 恋人だとしたら、ロゼッタみたいな可愛い子がいいな。

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