Side→K 9話
柊とロゼッタの関係に変化があった日の朝。
戻った記憶の扱いに悩みながら柊がリビングに降りると、待っていたのは心配そうな顔をしたグレイだった。
「カスミさんが倒れた!?」
「そうなんだよね。軽い風邪みたい。ちょっと熱っぽいんだ」
実際に少し熱っぽい。ずっと無理していたのが祟って体調を崩したと思われる。
「それは心配ですね……」
「あまり体調を崩すタイプじゃないから僕も心配。
看病は僕がするよ。それでね、柊」
「はい」
「………ご飯、どれくらい作れる……?」
間。
「……一通りは作れます」
「あ、良かった!僕も一通りは作れるんだけど、可もなく不可もなくと言うか、あまり周りからは好評じゃないというか」
柊は悟った。
これ、自分は困ってないけど周りに振る舞うほど料理は上手くないやつだ。
「俺作るんで!大丈夫です!!グレイさんはカスミさんの看病を!」
「そう?悪いね。そういえばロゼッタ降りてきてないけど知ってる?」
「ロゼッタはまだ寝てるみたいです」
多分昨日無理したせいだと思う。体力を消耗して眠っているようなのだ。
当たり障りなく答えると、キッチンからグレイを追い出して朝食の準備を始めた。
材料は一通り揃っている。
まず煮干しでお出汁を取り、ナスや豆腐を切って、油揚げを用意する。味噌汁は作りやすくて助かる。
米はカスミが炊いてくれていたようなので有難く使うことにする。
紅鮭を焼いて、卵はスクランブルエッグにする。更にウインナーを焼いて……などとしていると、立派な朝食が出来た。
ーーカスミさん凄いよな。
柊は感心してしまう。
カスミは料理のレパートリーが多く、しかも手際良く作れる。
ここに来てからご飯の楽しみが増えたのだ。今日のおかずは何だろうなんてときめいてしまう。
ーー母さん元気かな。
白米を茶碗につぎながら、実の母を思う。母も料理が得意な人だった。
働いていたから時間が無くて手短に済ませていたことが多かったっけ。
一瞬カスミに母の面影を見るが、首を横に振って否定する。
カスミが母の訳ないし、ロゼッタが日向のわけもない。
姿形も違うし、彼らが違う姿で自分に接する意味も分からない。
きっと似ているだけの別人で、大事な家族である彼女達はどこかで手を取り合って暮らしているのだろう。
そうでなければもっと苦しんでしまうから、柊は目を逸らし続ける。
やがて食事をテーブルに並べると、ロゼッタを起こしに部屋に行った。
◆
起きてから、甘えるように柊にくっついてきたロゼッタをそのまま甘やかして頭を撫でた。
まるで酔わされたかのように恋する乙女の表情で幸せそうに微笑む。
柊はそんなロゼッタを愛おしく思いながら頬を撫で、頬に口付けを落とした。
いつまでもこうしていたかったが、あまりのんびりしていると朝食が冷めてしまう。
腕にまとわりつく身体の温もりを心地好く思いながらも今日の異変はちゃんと伝えることにした。
「カスミさんが体調不良!?」
ロゼッタはとても心配そうにしていて、つられて元気もしぼんでしまっている。
ーーロゼッタはカスミさんも大好きなんだなあ。
普段あまり話さないから人となりは分からないけど、優しい人だと思う。
「グレイさんが看病しているよ。ご飯は俺が作ったから、あとから食べて貰えると思う。
俺達もご飯にしよう。ロゼッタ、リビングに来れるか?」
「ちょっと立てなくて……」
「じゃあ、お盆に乗せて持ってくるよ」
「ありがとう」
パタンと閉まった扉を見つめながら、ロゼッタは一人物思いにふけた。
◆
「すみません、あなた……」
真澄はベッドの上で身を起こした。
やってしまった。体調管理は基本だと言うのに。
「大丈夫だよ。真澄さんは無理しすぎなの。もっと甘えてもいいんだよ。
体温いくつだった?」
「37.5です」
「まだ下がらないみたいだね。今日はじっとしていてね」
「はい……」
「大丈夫。家事は柊がやってくれるみたい。
僕もやろうと思ったんだけど、キッチンから追い出されちゃった」
「そうよね……;」
家事方面はちょっと不器用な気しかしていなかったので、苦笑いして頷いた。
柊が準備してくれた朝食をお盆に載せて、真澄に差し出した。
「これは……」
食事は柊が……つまり秀一が用意すると言っていた。
和食寄りの食事だ。
ーー秀一の手料理……。
ーーいつぶりなのかしら。
いつからだろう。お手伝いをしてくれる秀一が全然手伝わなくなったのは。
非協力的になったのではない。仕事だけで精一杯で家庭にまで気が回らなかったのだと今なら分かる。
心を癒している今なら、味わえるのだろうか。
少し震えた手で箸を手に取り、味噌汁の椀に口をつけた。
ナスの味わいと薄めの味噌に懐かしさを覚えた。そうだ、秀一はナスの味噌汁が好きだった。
焼き加減がミディアム気味の鮭に、スクランブルエッグ。秀一は魚も肉も柔らかさを残した焼き加減を好むし、卵を巻くのが苦手だからいつも卵料理はスクランブルエッグだ。
手料理を食べるたびに幸せだった頃の思い出が一つ一つ蘇り、目頭が熱くなった。
グレイが差し出してくれたティッシュで目を押さえた。
「秀一……」
たとえ柊として、別人として過ごしていたとしても、ひとつひとつの行動に息子を強く感じた。
「おいしいわ、とても」
「良かった、真澄さんが嬉しそうで」
「ええ、ありがとう。ご馳走様でした」
お皿を片付けやすいようにお盆に載せると、グレイが受け取った。
「もう少し眠るといいよ」
「お言葉に甘えるわね」
グレイが調合してくれた、糖尿病の薬に風邪薬を飲み、横になる。
幸せな夢が見られそうだ。
◆
「ん!美味しい!」
柊が運んできてくれた食事を口にし、ロゼッタはご満悦だ。
最近はカスミの料理しか口にしていなかった。でも作ってくれる料理はなんだって美味しい。
大好きな人なら尚更だ。
「お口にあって嬉しいよ」
「うんうん、柊さん料理上手!また作ってくれると嬉しいな」
「俺の料理でいいならいつでも。カスミさんはどうかな。キッチンに入れてくれるかな」
「カスミさんだって、誰かに作ってもらえる料理は嬉しいに決まっているよ。今も嬉しいと思うよ」
「だと嬉しいな。カスミさんとまだあまり仲良くなくて」
「そういえばあまり話さないね。でも大丈夫だよ。
カスミさんは優しくて強いんだから」
「強い……?」
「そう、いつだって真っ直ぐ前を向いているような、そんな人なの。でもとても優しいの」
ーーいつだってわたしはお母さんが眩しかった。
心の中は口にしないけど。日向としての本音は胸の奥にしまう。
ーーカスミさんも、そんな人なのか。
柊は笑顔の中に葛藤を隠す。
どうしてロゼッタもカスミも、そんなに大事な人に似ているのか。
もしかしたらここは、自分の願望が見せた幻か夢の中ではないのだろうか。
「ご馳走様!美味しかったよ!」
ロゼッタの輝くような笑顔に我に返った。
「お粗末さまでした。喜んでもらえて嬉しいよ。
カスミさんまだしんどいだろうし、暫く家事は俺がするよ。掃除はサボるけど」
「うんうん、宜しくお願いします」
ロゼッタが抱きついてくる。
すりすりと身を寄せてくる様子はあどけなくて可愛らしい。
胸から込み上げてくる愛おしさを感じながら、沢山頭を撫でた。
「もう少し休んでろよ、ロゼッタ。
俺はお皿片付けてくる」
「はーい」
手を振って柊を見送った。
ロゼッタは一時間ほどベッドの上で本を読みながら過ごしていたが……。
少し動いて、立ち上がって歩いて、もう動きに支障がないことを確認すると、そっとドアノブを捻った。
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