Side→K 8話
柊を迎えて2ヶ月が見えてきた日の夜、真澄はグレイの寝室にお邪魔した。
「……珍しいね。君がこの時間に起きているなんて。僕に話しかい?」
「ええ……そう。入れて欲しいの」
「どうぞ」
グレイは快く真澄を寝室の中に入れ、鍵を掛けた。
真澄は部屋の中にほかの人物が居ないことを確認した。
真っ直ぐグレイの顔を見ることが出来なくて、小さく空いたカーテンの隙間から半分の月を眺めていた。
「なんか悩んでるみたいだね。物言いたげな顔してる」
「ええ……。あなたはお見通しだと思うのだけれど……」
本当は気づいていた。
けれど気付かないふりをしていたのだ。それで二度後悔したにも関わらず。
もう確信してしまったから、頼りになる人であり共犯者に相談をもちかけることにした。
「秀一君と日向ちゃんについてだよね。それしかないよね」
万が一にも二人に聞かれてはならない。目の前の人物にだけ聞こえるように小さく小さく囁いた。
「ええ……。二人がどんどん仲良くなっていて安心していたの。
でも最近はエスカレートし続けていると思っていたわ。
間違いない。二人とも、相手を異性として見ているのよ。本当は兄妹なのに……!!」
「……そのようだよね。その可能性はもともとあったけど」
「さっき気になって日向の部屋の前に行ったら……」
何かを聞いたらしい。
信じられないものを目にしたような顔で、頭を押さえ眩暈に耐える。
「なるほど……。とりあえず避妊だけは柊にお願いしておこうかな……。今の状態で子供は育てられないし。
で、多分二人に兄妹だと突きつけると心にも信頼関係にも罅が入ると思うんだ」
「それは、分かるわ……。でも、黙って見てるのも………」
基本的に血の繋がった兄妹の恋愛はタブーだ。
見目が変わっているとはいえ、秀一に記憶が無いとはいえ、身体には同じ血が通っている。
「ここで留意すべきポイントなのは、秀一は記憶喪失だけど日向ちゃん自身は記憶を失っていないってことなんだよね」
「そう、よね……。それなのに異性として秀一に惹かれている……」
そこまで境界線が曖昧なのかと考える。
別人を演じるにつれ、自分自身が日向でなくロゼッタになった?
「日向ちゃんが自分自身を嫌っているのは間違いなさそうなんだよね。だからロゼッタという別の人間に代わって幸せを手にしようとしている。
実際その方が心が癒されると思って提案して実行したのは僕だよ。
ただ、妹としての自我がはっきりしていたら、まずいことは分かるはずだから、そこら辺の境界が曖昧になっているのと、倫理観は捨ててるのは間違いなさそう。
ロゼッタが柊に異性として惹かれてるのはありそうだけど……。多分だけどね、真澄さん」
「ええ」
「打ち合わせした時に、日向ちゃんが『兄を救いたい』と強く言っていたのが印象的でね」
「ええ、助けたいと心から願っているはずよ」
ーー助けたいと没頭しているうちに男として魅力的に映ったの?
真澄は考える。
ーーだから恋愛をして、秀一も相手が妹と思っていないから結ばれた?
「日向ちゃんが自分を捨ててロゼッタになったから心が癒されてきている……。つまり救われているから、同じことを兄にしてると見て良い気がするんだよね」
「えっ……?つまりその、心から恋い焦がれてるわけじゃないの……?」
「柊は本気とは思うよ。でも日向ちゃんは執念に近いかもしれない。実際のところは分からないから予想するしかないんだけど。
お互いに溺れることで、お互いの傷を癒している最中じゃないのかなあ……」
グレイはふらついた真澄を支えて椅子に座らせる。
「……二人の傷はそこまで深いのね……」
「今は現実逃避しないと耐えられないんだろうね。
ただ……。ここだけの話なんだけど、秀一の記憶が戻りかけてるよ。柊に相談されたんだ。オフレコで宜しくね」
「……っ!?」
「記憶が完全に戻るまでにどれだけ二人に気力が戻っているか、柊が受け入れられるかが肝要だと思っているよ」
◆
グレイとの話を終えた後、真澄は自分の部屋に戻ってきていた。
静かだけど比較的日当たりの良い部屋で、朝は目が覚めやすい。
皆、調子が悪くて夜に起き出しているというのに、自分は一度寝たら夜までぐっすりだ。
日向の、秀一の行動や思考は真澄の予想の範疇を遥かに凌駕する。
当たり前のように予想し対策を立て続けられるグレイにも感嘆せざるを得ない。
やっぱり私は息子や娘に追いつけないのだろうか?
ーーそれでも私は、ここで秀一を、日向を護るわ。
その為には今日は寝よう。
寝て、翌日も演じ続け、夜になったらもう一度グレイに話しに行こう。
そう決めて真澄は目を瞑るが、思考はぐるぐると迷宮入りしてなかなか寝付けない。
ーー日向と秀一が恋仲……。体の関係まで……。
ーーグレイさんはどこまで読めていたの?
ーー秀一の記憶がもう戻る?二人ともまだボロボロなのに?
ーー今はまだ傷の舐め合いに任せていた方がいいの?
ーー私は、一体どうしたら………。
カチカチカチと時計の秒針の音が大きく聞こえる。
嗚呼、秀一はいつもこんな静寂さと戦っているのだろうか。
一度気になると、森の中の木々のざわめきすら気にしてしまう。
時間が進んでも目が冴えて、真澄は寝返りを打った。
漸く寝つけた時は朝日が昇ってしまっていた。
朝早く、いつも起きている時間に起き上がる。
「………寝不足ね……」
活動に支障をきたしそうだ。鋭気も失われている。
それでも家事をしようと身を起こしたところで、ふらりと眩暈が真澄を襲った。
秀一が事件を起こしてから唯一寝込んでいない女は、本日とうとう倒れたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます