Side→R 1話

 この世界は嘘だらけだ。


 夢の中の世界はわたしの好きで構成されているから好き。

 夢は嘘だけど、わたしは好き。

 現実は嘘だらけだ。

 この嘘は嫌な方の嘘なのだ。


 人は笑顔で近づいて平気で裏切る。

 中学生、高校生にもなると純粋さは少しずつ減ってきて大人の嫌な部分が混じる。

 寧ろ大人の方が冷静な対応が取れるのかもしれない。

 ……なんて、結果が嘘なら同じだと思う。


 三宅日向は苛められっ子だ。

 イジメという言葉はイメージが優しいから、傷害罪とか器物破損とか暴力とかにすべきだと思う。

 最初は陰口と無視から始まった。

 切欠はどうも、女子グループの代表格の子の好きな男子から家庭科の裁縫を褒められたかららしい。

 なんて些細な事に根を持つのだろうか。

 悲しかったけど、そういうものなのだと受け入れてしまった。

 親友と信じていた子も無視を始めた。

 そうしないと自分が苛められるからだ。人は保身の生き物だから。

 

 学校は嘘だらけの世界だ。

 それでも日向は平静を装い、笑顔も浮かべていたくらいだ。

 それが気に入らなかったのだろう、イジメはエスカレートした。

 机の上の落書きに、廊下を歩いているとぶつかってくる、気に入らないと主張してくる。

 一応担任に報告するだけした。

 状況は変わらなかったけれど、もともと期待していなかったので落胆もしなかった。

 にこにこしているのを良い事に好き放題で、人を傷つける事を厭わない人が沢山いる。

 代表格の子も、取り巻きの子も、見ているだけの人も。

 本音は『いじめる事が楽しい』で、愉楽と優越感に浸っているんでしょう?

 莫迦らしいよね。


 日向は学校で笑顔でいる事をやめた。

 価値もないものに笑顔を浮かべる事も疲れてしまった。


 それでも家庭の中は癒しだったから、笑顔でいようと決めた。

 女手ひとつで育ててくれている、強くて優しい憧れのお母さん。

 面倒見が良くて、優しいお兄ちゃん。

 二人が家族でいてくれるからわたしは頑張れる。

 二人とも忙しいから時間は少ないけど、会話している時間がどれだけ大切なものだったか。

 笑顔でいる意味は途中で分からなくなったけど、一緒に過ごした時間は欠け替えのないものだった。


 兄は就職したその日から、大学時代に比べて極端に時間が少なくなった。

 最初はそういうものだと兄を応援していたが、どうも兄の職場だけ極端に忙しいらしい。

 日に日に兄から笑顔が消えていく。


 嗚呼、同じだ。

 お兄ちゃんもわたしと一緒で、人間関係が良くないんだ。

 神様、どうしてわたし達が貧乏くじを引くの?


 わたしと兄は同じ。

 でも、どうすることも出来なかった。

 忙しい母に負担を掛ける事もできなかった。


 母がお兄ちゃんに仕事を休むように説得をしている。

 仕事を辞めるように言葉を尽くしている。

 それを見たとき、日向は安心した。

 良かった、お母さん気づいたんだ。

 きっと聞き入れてもらえる。

 そう思ったのも束の間、兄は逃げる事を拒んだ。


ーーお兄ちゃん、どうして……?

 疑問に思うが、直ぐに自己完結した。

 自分だってイジメを受けながらも相談もせずにずっと通っているではないか。


 兄は日向が受けたイジメに気づいてないようだが、常に自分を気遣ってくれた。

 けれど、学校を休めとは言わない。

 わたしと兄は同じだからだ。


「お兄ちゃん、起きて」

 なかなか眠れなかった。

 早く目が覚めて、顔を洗いに部屋を出た日向は、リビングで寝る兄を見つけた。

 こんなところで寝たら風邪をひいてしまう。

 けれど夜遅く帰ってきて、部屋でベッドで寝たら寝すぎて遅刻するから、軽く寝るつもりでソファーで寝てしまったのだろう。

 もう行く時間だ。

 本当はゆっくり寝ていてほしいが、そういう訳にもいかないと解っていた。

 だから起こすことにしたのだ。

「陽向……。もう朝か……?」

「あと1時間でいつもお兄ちゃんが出る時間になるよ。

お兄ちゃん、昨日お風呂入ってないでしょ。さっぱりした方がいいよ」

「ああ、そうだな……」

「ご飯作っておくからちゃんと食べてね」

 せめてお風呂に入ってご飯を食べれば楽になるだろう。

 兄の優しい声音の『ありがとう』を聞いたら、涙腺が緩む気がした。

「わたし達、頑張ろうね……」

 誰もいないリビングで独り呟く。

 この嘘だらけの世界で、信じる者は二人だけ。

 でも生き抜いていかなければ。

 そう心に決めて、日向は3人分の朝食を作り始めた。


 この世界で頑張って手を取り合って生きて行こうとそう思っていた。

 けれど嫌な予感はずっとしていたのだ。

 妹の勘というのは鋭いもので、ある日最悪の形で的中することになる。

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