Side→S 4話

 この屋敷に来て数日が経った。

 昼間はグレイの仕事を手伝い、庭の手入れをするロゼッタに付き合い、カスミの作るご飯を食べる。

 もう少し手伝った方がいいかなとカスミに手伝いを申出るが、柔らかく微笑んで断られてしまった。自分でやりたいのだろうか。

 身体はなまってしまうので、部屋で筋トレや森の中を軽く散策するだけに留めていた。

 外の世界に行く気はなかった。


「柊さん!新作だよ。フルーツのパウンドケーキ!」

 リビングに行くと、温かで甘い匂いが自分を呼んでいた。

 テーブルの上には出来たてほやほやのパウンドケーキがある。

「お菓子を作るのが好きなのか?」

「うん!楽しいよね。材料のお砂糖やバターの量を見て抵抗はちょっとあるけど」

「量凄いらしいよな」

 お菓子作りに馴染みはないが、にこにこと嬉しそうなロゼッタを見ると此方まで嬉しくなる。

 食べて食べてと勧められるので、一つ手に取って口の中に入れた。

 果肉たっぷりのドライフルーツと、バターの甘さが口の中に広がった。

 温かな味だ。お店で買うものとは違う、手作りならではの味というのだろうか。

 酷評するとちょっとバターが多い気はするし。

「美味しいよ。フルーツ多めで甘酸っぱくていいな」

「!ありがとう!」「普段はどんなものを作るんだ?」

「好きなのはシュークリームだよ!あと挑戦したのは、アップルパイ、レモンパイ、クッキーかなあ」

「へえ……」

 シュークリームにパイとクッキー。

 なんだか聞き覚えのある組み合わせな気がする。チリリと胸の奥が痛んだのは何故だろうか。

「ケーキにも挑戦したいんだけど、スポンジが上手に焼けないの! オーブンから出したらシューって萎んじゃうの!シューって!」

「スポンジケーキは難しいって聞くよなあ……」

 シューッと萎んでからぷぅと膨れる。

 まるでスポンジケーキの有様のロゼッタに微笑んで、軽く頭を撫でた。

 嬉しそうに撫でられている。甘え慣れてるのだろうか。


「家族、か」

「え……?」

「ああいや。ここの人達は血は繋がってないんだろ?でも本当の家族のようにとても仲が良いんだな」

「うん!血の繋がりなんて関係ないよ。お父さんはお父さんだし、カスミさんだってお母さんだよ」

「そっか……」

 ここに居たい。けれど……

「俺、混ざってもいいんだよな」

「当たり前じゃん!柊さんはもう家族だよ!」

 免罪符を貰えると酷く安心した。

 ロゼッタのぱぁぁっと輝く笑顔はまるで太陽のようだ。

 名前は薔薇だが、向日葵も似合う子だと思う。

 それはそうと、純真すぎて心配になるが、いつかロゼッタを守る男が現れたらいいなと思う。

 ああ、想い人が現れるまで俺が守ればいいのか。


 ある日の午後、グレイとカスミは揃って買い物に出掛けた。

 森の中でも野菜などは作っているが、それだけだと種類が偏ってしまう。故に時折食材を仕入れる必要があるらしい。

 並んで視界の奥に消えていくのを、窓辺からロゼッタと見送った。

 右に視線を向ければ、ロゼッタが俯いている。


「どうしたんだ?」

「え?……ううん、なんでもないよ」

 少し顔は浮かないようだ。

「ロゼッタは外に行かないのか?」

「っ……」

「ロゼッタ?」

 なんだろう。怯えたようなこの表情は。

 心配になって遠慮がちに手を伸ばすと、

「……行かない。外なんて絶対にわたしは行かない」

 ロゼッタが断固した様子で頭を振った。

「……そっか。ごめんな、嫌なことを思い出させた。

 俺も外に行く気ないし、此処に居たらいいって俺は思うよ」

「うん……ありがとう……。

お父さんとカスミさんはこうやって外に買い出しに行くんだけど……。不安になっちゃう。

置いていかれたらどうしようって……」

「置いていく?」

 オウム返しに聞き返して、柊は自分の知る二人を考え直した。

「……グレイさんもカスミさんも、自分勝手に放置する人じゃないと思うぞ。

二人ともとても面倒見良いイメージだから」

 柊の言葉をただ聞いて受け入れると、こくりと頷いた。

「そうだよね……。二人がわたしを置いていくなんて、有り得ないんだから……」

 有り得ない。

 なんだろう、この違和感は。

 確かに二人は娘のような存在を置いていく人達ではないと思うが。

 有り得ないと断言するような、縋るような、この弱弱しさは一体何だろう?


 不安なのだろうか。

 明るくて気丈なようでいて、押し潰されそうな不安と日々戦っているのだろうか。


「……大丈夫だからな、ロゼッタ。カスミさんもグレイさんもいなくなったりしないさ」

「うん、うん……」

 俯くと、長い金髪がさっと前に流れた。

 赤の瞳から光が灯っては消える。

――そうだよ。二人がいなくなるなんてあり得ない。

――グレイさんはわたしの魔法使いなんだから。

――カスミさんだってわたしの味方なんだから。

 まるで自分に言い聞かせるような言葉は、誰にも聞かれる事無く消えた。


――ロゼッタ、どうしたんだろう。

 深く介入する気はない。ロゼッタを傷つけたくないからだ。

 でもどうしても気になってしまう。

 置いて行かれることに恐怖を感じて、外に拒否反応を示す。


――外で嫌な事があったとかかな。

――孤児かな?それをグレイさんが拾った。

――これまでいろいろあったから、危険な外に行きたくないんだろうな。


 ロゼッタを優しく撫でながら、心の中で仮説を立てていく。

 確かめる気はないけれど、この仮説はそう外していない気がした。

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