Side→S 4話
この屋敷に来て数日が経った。
昼間はグレイの仕事を手伝い、庭の手入れをするロゼッタに付き合い、カスミの作るご飯を食べる。
もう少し手伝った方がいいかなとカスミに手伝いを申出るが、柔らかく微笑んで断られてしまった。自分でやりたいのだろうか。
身体はなまってしまうので、部屋で筋トレや森の中を軽く散策するだけに留めていた。
外の世界に行く気はなかった。
※
「柊さん!新作だよ。フルーツのパウンドケーキ!」
リビングに行くと、温かで甘い匂いが自分を呼んでいた。
テーブルの上には出来たてほやほやのパウンドケーキがある。
「お菓子を作るのが好きなのか?」
「うん!楽しいよね。材料のお砂糖やバターの量を見て抵抗はちょっとあるけど」
「量凄いらしいよな」
お菓子作りに馴染みはないが、にこにこと嬉しそうなロゼッタを見ると此方まで嬉しくなる。
食べて食べてと勧められるので、一つ手に取って口の中に入れた。
果肉たっぷりのドライフルーツと、バターの甘さが口の中に広がった。
温かな味だ。お店で買うものとは違う、手作りならではの味というのだろうか。
酷評するとちょっとバターが多い気はするし。
「美味しいよ。フルーツ多めで甘酸っぱくていいな」
「!ありがとう!」「普段はどんなものを作るんだ?」
「好きなのはシュークリームだよ!あと挑戦したのは、アップルパイ、レモンパイ、クッキーかなあ」
「へえ……」
シュークリームにパイとクッキー。
なんだか聞き覚えのある組み合わせな気がする。チリリと胸の奥が痛んだのは何故だろうか。
「ケーキにも挑戦したいんだけど、スポンジが上手に焼けないの! オーブンから出したらシューって萎んじゃうの!シューって!」
「スポンジケーキは難しいって聞くよなあ……」
シューッと萎んでからぷぅと膨れる。
まるでスポンジケーキの有様のロゼッタに微笑んで、軽く頭を撫でた。
嬉しそうに撫でられている。甘え慣れてるのだろうか。
「家族、か」
「え……?」
「ああいや。ここの人達は血は繋がってないんだろ?でも本当の家族のようにとても仲が良いんだな」
「うん!血の繋がりなんて関係ないよ。お父さんはお父さんだし、カスミさんだってお母さんだよ」
「そっか……」
ここに居たい。けれど……
「俺、混ざってもいいんだよな」
「当たり前じゃん!柊さんはもう家族だよ!」
免罪符を貰えると酷く安心した。
ロゼッタのぱぁぁっと輝く笑顔はまるで太陽のようだ。
名前は薔薇だが、向日葵も似合う子だと思う。
それはそうと、純真すぎて心配になるが、いつかロゼッタを守る男が現れたらいいなと思う。
ああ、想い人が現れるまで俺が守ればいいのか。
※
ある日の午後、グレイとカスミは揃って買い物に出掛けた。
森の中でも野菜などは作っているが、それだけだと種類が偏ってしまう。故に時折食材を仕入れる必要があるらしい。
並んで視界の奥に消えていくのを、窓辺からロゼッタと見送った。
右に視線を向ければ、ロゼッタが俯いている。
「どうしたんだ?」
「え?……ううん、なんでもないよ」
少し顔は浮かないようだ。
「ロゼッタは外に行かないのか?」
「っ……」
「ロゼッタ?」
なんだろう。怯えたようなこの表情は。
心配になって遠慮がちに手を伸ばすと、
「……行かない。外なんて絶対にわたしは行かない」
ロゼッタが断固した様子で頭を振った。
「……そっか。ごめんな、嫌なことを思い出させた。
俺も外に行く気ないし、此処に居たらいいって俺は思うよ」
「うん……ありがとう……。
お父さんとカスミさんはこうやって外に買い出しに行くんだけど……。不安になっちゃう。
置いていかれたらどうしようって……」
「置いていく?」
オウム返しに聞き返して、柊は自分の知る二人を考え直した。
「……グレイさんもカスミさんも、自分勝手に放置する人じゃないと思うぞ。
二人ともとても面倒見良いイメージだから」
柊の言葉をただ聞いて受け入れると、こくりと頷いた。
「そうだよね……。二人がわたしを置いていくなんて、有り得ないんだから……」
有り得ない。
なんだろう、この違和感は。
確かに二人は娘のような存在を置いていく人達ではないと思うが。
有り得ないと断言するような、縋るような、この弱弱しさは一体何だろう?
不安なのだろうか。
明るくて気丈なようでいて、押し潰されそうな不安と日々戦っているのだろうか。
「……大丈夫だからな、ロゼッタ。カスミさんもグレイさんもいなくなったりしないさ」
「うん、うん……」
俯くと、長い金髪がさっと前に流れた。
赤の瞳から光が灯っては消える。
――そうだよ。二人がいなくなるなんてあり得ない。
――グレイさんはわたしの魔法使いなんだから。
――カスミさんだってわたしの味方なんだから。
まるで自分に言い聞かせるような言葉は、誰にも聞かれる事無く消えた。
――ロゼッタ、どうしたんだろう。
深く介入する気はない。ロゼッタを傷つけたくないからだ。
でもどうしても気になってしまう。
置いて行かれることに恐怖を感じて、外に拒否反応を示す。
――外で嫌な事があったとかかな。
――孤児かな?それをグレイさんが拾った。
――これまでいろいろあったから、危険な外に行きたくないんだろうな。
ロゼッタを優しく撫でながら、心の中で仮説を立てていく。
確かめる気はないけれど、この仮説はそう外していない気がした。
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