Side→S 3話

 気づけば朝になっていた。夜中はぐっすり眠れたようだ。

 結局まともに二日酔いになった。そりゃそうだ。グレイがザルなのだ。

 視界がくらくらと揺れるけど、どこか落ち着いた心地だ。何故だろうか。

 コンコン。ノックに声を上げると、ドアが開いた。

「柊さん。おはようー!」

「おはよう、ロゼッタさん。悪い、二日酔いみたいです…」

「呼び捨てでいいよ!敬語も外していいからね。

カスミさんが多分強かに酔ってるわって言ってたよ。はい、差し入れ」

「あ、ありがとう……」

 差し出されたペットボトル一杯の水に目を丸くした。

 カスミの有能さには度肝を抜かれてしまう。

 ごきゅごきゅ。

 音を立ててミネラルウォーターを飲み干すと、意識が少しクリアになった気がした。

 ぼふっと音を立てて、身が沈み込む豪華な寝台に身を委ねた。

「大丈夫?軽食も持ってきたよ」

「ありがとう、助かるよ」

 許可が出たので、口調を砕けたものに変えていく。実際その方が落ち着くし。

「身体起こせる?」

「大丈夫だ」

 そこまでロゼッタに寄りかかる訳には行かない。

 自力で身を起こすと、お盆に乗った朝食に手を付け始めた。

 フレンチトースト、サラダとスープ。

 身に染みるようだ。ゆっくりと食事する柊を見守るロゼッタは、部屋にある椅子に腰を下ろした。

「美味しいな」

 泣きたくなるくらいに美味い。本当に有難い話だ。

「ありがとう。カスミさんとわたしで作ったんだよ」

「そうなんだな。毎日の食事は二人で作ってるのか?」

「そうだよ。カスミさんは料理が得意なの。作るのも早いんだよね」

「凄いな。ここは人里離れた森の中だと思うんだけど、材料の仕入れどうしてるんだ?」

「お父さんとカスミさんが買い物に出たり、森の中で作物を育てたりしてるよ。グレイさん凄くて。ハーブとかお薬を調合して売りに出してるの」

「そうなのか。薬剤師さんなのかな?」

「イメージ的には魔法使いだけどね!」

 あははと明るく笑った。心の底からの言葉に思える。

 確かにグレイは不思議な男だ。

 ロゼッタはグレイが大好きなんだろうな。なんだか和む。

 血の繋がらなくても親子と言えるくらい仲が良いのだろう。

「俺、暫くここでお世話になっていいのかな……。ロゼッタはどう思う?」

「いいに決まってるじゃない!ずっとここにいなよ。

お父さんもカスミさんもわたしも歓迎だよ」

「ありがとう……。本当に優しいな」

 身元も分からない記憶もない。こんな得体の知れない男を無償でそばに置いてくれるなんて。優しすぎて心配になってくる。

 せめて何か力になれればいいんだけど……。

 なにか手伝えることは無いかと問うと、ロゼッタは少し考えた後、グレイの仕事の手伝いとかどうかなと提案してきてくれた。

 グレイは薬草を育てており、それを収穫したり薬を調合しているという。そして薔薇の品種改良などもしているらしい。

 薬学はてんで分からないが、作物を育てるのは手間がかかるし重労働だ。体力仕事なら出来るかもしれない。

 ありがとう。教えてくれたロゼッタにお礼を言ってついつい頭を撫でると、頬を染めて嬉しそうに笑った。

 笑うと愛嬌があって可愛いな。ずっと撫でていられそうだ。

 完食して綺麗になった食器を下げて部屋を出ていくロゼッタにお礼を言うと、また横になった。

 グレイのために出来ることをしたい。この家族の役に立ちたい。

 温かな気持ちを胸に、これから先のことに思いを馳せた。

 とりあえず二日酔いを治そう。


「僕の仕事を手伝いたい?」

 二日酔いが抜けた頃、グレイを探した。

 カスミに聞くと薬の調合のための仕事部屋にいると教えられ案内してもらった。

 そんなわけで仕事中のグレイの元にお邪魔している。

 手伝うどころか邪魔じゃなければいいなと半ば祈るような気持ちだが、グレイは特に気にした様子は無い。

 彼はじっと柊を見つめ、少し考えた後ーー。

「そうだね、手伝ってもらっていいかな。

温室の水やりと雑草抜き、薬草の選別を手伝ってもらえると助かるよ」

「! 分かりました。頑張ります。」

「こちらこそお声掛けありがとう。よろしくね」

 優しく微笑みかけてくれる。

 こんなふうに人に感謝されるってくすぐったいな。


 じゃあ早速、と仕事の内容を教えてくれる。

 温室は思った以上の暑さで慄いてしまう。なんでこの人はこんなにけろっとしてるんだろう。

 でも手伝うと決めたから、集中して丁寧に作業をしていく。

「……?」

 ふと視線を感じたので顔を上げると、グレイが優しく見守ってくれていた。

 本当に優しい人だなと思いながら作業に戻る。


ーー……柊。

ーーそのひたむきさは悪い人に利用されるだろうね……

 憂うように、でもそれは美点だからと困ったように微笑んだが、柊はその表情も目にすることもなければ、グレイの心中を理解することもなかった。


 温室の中で作業をして、薬草の選別をする。

 これが柊に与えられた仕事だ。

 全部終えた頃には柊は肩で息をしていた。思ったよりしんどかった。

「飛ばしすぎたかな、ごめんね。出来る範囲でいいからね」

「いえ、出来るので大丈夫です。ご指導ご鞭撻宜しくお願いします」

「ありがとう。でも、柊はもう少し肩の力抜いていいよ。

真面目で熱心なのは美徳だけど、そのまま走り続けると壊れちゃうから。

見ててちょっと心配になっちゃったよ」

「そう、ですか…?これくらいが当たり前だと思ってました」

「柊はとても真面目だよ」

 何度も頷いて念を押してくる。

「ありがとうございます……。グレイさんはとてもお優しいですね。

行き倒れの俺を助けてくれて、こうして家にも泊めてくれるし…」

 おまけに、こちらの意図を悟って適した仕事までくれるのだ。なかなかない優しさだと思う。

 真っ直ぐな言葉を受け、グレイはきょとんと目を丸くした後、そっと目を伏せた。

「なんというか……一緒にいてくれる人が増えるといいなって思って。

僕の血の繋がった家族はいないから。だからーー家族を求めちゃうんだよ、きっと」

 柊が目を丸くする番だった。

 驚きにつばを飲み込んだ後、すとんと腑に落ちた。イメージ像が一致した。


 嗚呼、この人はとてつもなく優しくて、寂しがり屋なのか。

 ここに居ていいって言うのも本音だと確信した。


 仮に此処を出て、独りで暮らしていくとしたら……?

「……!」

「柊!?」

 拒絶、否定、恐怖。

 その表情が見て取れて、グレイが駆け寄った。

 じっと顔を見つめていると、ようやく息をすることを思い出したかのように肩を上下させる。


「大丈夫かい…?」

「………はい。すみません……」

 この人になら話してもいいかもしれない。

 ここに来て二日、柊はグレイに信頼を寄せた。だからーー。

「あの……外に出て独りで暮らしていくって思ったら……俺、なんだか凄く怖くて……。なんでか分からないけど……」

「うん、無理しなくていいよ。無理に思い出そうとしなくていい」

「本当に俺……ここにお邪魔していいの?」

「おいで、柊」


 シュウ。そう呼んでくれる柔らかな優しい声に涙が滲んだ。

 そのまま行きどころを無くして下に落ちる涙をそのままに何度も頷く。

「……グレイさん、……宜しくお願いします」

 深々と頭を下げた。

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