Side→S 2話
グレイは強引だと思う。
最初から結構押しが強くリードしている感覚だった。
ふわふわに見えて、芯が強いのかもしれない。
どういうことかと言うと、柊は今グレイに服を引き剝がされてお風呂に入れられている。
湯舟はあれやこれやって部屋に入れられているうちにカスミが用意してくれたらしい。
いや、手際良すぎないか。良妻過ぎないか。
「いやほんと、泥だらけだねー」
「グレイさん!風呂くらい一人で入れますから!!」
「ああ、ごめんね。そうだよね、20過ぎたくらいだよね」
「多分……?」
「年齢も思い出せないんだね。それくらいの年頃に見えるよ。もう少し上かもだけど。
じゃあ柊。シャンプーもリンスも石鹸も好きなものを使ってね。何種類か置いてあるから。
見た感じ骨は折れてないけど、細かい傷はいくつかあるから、風呂から出たら手当させてね。
たまに頭押さえてるから、頭痛いんだよね。傷はなさそうだけど、沁みるとかあったら教えてね」
「はい……」
無理強いはしないあたり有難い。
けど、しっかり要所を押さえているあたり抜け目ない。
風呂までついてきたのは、自分の怪我の有無を確かめる為か。
それならそれと一言言ってくれればいいものを。
一人取り残された浴場で、柊は軽く息をつく。
さて……これからどうしたものか。
物理的にも心理的にも頭の痛い現状だが、なるようにしかならないとも思っている。
浴槽も浴場も、それだけでなくリビングや廊下なども広かった。
グレイはお金持ちなのだろうか。裕福で、血の繋がっていない家族がいる……?
考えれば考えるほど分からないが、悪い人達ではないように思うのだ。
温かいお湯が心地良いが、ところどころ沁みてしまう。
良く見れば、あちこち傷だらけだ。
森の中で木の枝にでも引っ掛かったか、小さな獣にでも齧られたか…?
でも見る感じ引っかき傷のようにも見えるが……。
「…………」
考えても分からない。
骨は折れていなさそうだし、頭もさっぱり洗ったけど特に沁みなかった。
身体の痛みは恐らく疲労なのだろう。
その辺心配ない事と、お礼をグレイに言うべきだろう。
泥だらけで人の屋敷を出歩くのはよろしくない。しっかりと体を綺麗にすると、お風呂から出た。
用意されていたバスタオルで体を包み込み、着替えに袖を通すと、なんだか安心した。
――グレイさんの着替えかな?
清潔なTシャツと長ズボンに着替えると、さっき案内されたリビングへ足を向けた。
※
「『それでは、お客人の柊さんを歓迎して。かんぱーーーい!!』」
ちょっと待ってくれ、グレイにロゼッタ。
なんだか滅茶苦茶歓迎されているんだが。
そんなに人恋しいのかこの一家。
それとも逆に気を遣わせているのだろうか。その可能性は確かに高いけど。
「あの、あのあの、迷惑がられていないのは安心なんですけど、悪いです…っ。
豪華な料理まで頂いて…!」
お風呂から上がってお礼を言ったら、すぐさま夕食に移行である。
リビングには既に料理が用意されていた。
聞けばカスミとロゼッタで用意したという。だから手際が良すぎる件。
鳥の空揚げ、魚の練り物揚げ、ハーブ入りのパン、野菜の沢山入った温かなスープ、果物まで揃えてある。
「いいのいいの。迷惑とか気にしないで。僕達が勝手にやっていることだし」
「わたしはお客人嬉しいよ♪柊さんも遠慮しないで、泊まって行ってね」
「泊めていただけて、助かります。ありがとうございます……」
記憶喪失のまま鞄もなく、外に行けるはずもない。
何か分かるまで居させてもらえるのは正直とても助かるのだ。
助かるけど……いい人過ぎてこの一家が心配になる。大丈夫だろうか。
柊の心配を余所に、ロゼッタは沢山の料理を勧めてくる。
グレイはと言うと、真剣に柊を見つめているから、
「グレイさん、どうしました……?」
「柊、お酒飲める?晩酌の相手でも」
「覚えてません!相手はしますが!」
「やったね、言ってみるものだ」
成り行きとはかくも恐ろしいもの。
グラスになみなみと注がれるワインに真顔になる柊。
ソーダ割りをしてもらったが……。
グラスを軽く揺らして口に含んでみる。
「あ、美味しい」
「良かった。うちで仕込んだワインなんだよ」
「ワインを作っているんですか?」
仕事とはそれだろうか。お酒を造る仕事?
「まあ趣味の一つでね。基本的にハーブを作って栽培する仕事をしているよ。
薔薇の栽培販売もしている」
「なるほど……」
力仕事だと頷く。それなら手伝っていこうと心に決めていると、視線を感じた。
不思議に思い、そちらに視線を向けると、カスミがさり気なく下を向いた。
「………?」
カスミはロゼッタやグレイのように押しも強くない。
けれど、ご飯を食べる自分を見て微笑んだように見えたのは気のせいなのだろうか。
ワインを飲み、料理を食べ、心身ともに満たされた気分になっていく。
「ふーん、結構お酒イケる口だね?さあさあ、もっとどうぞ」
「いえ、もう結構です……」
「あなた。あなたほどザルな人そうそういないんですから、強く勧めてはいけませんよ」
「ザルだったんですか……」
通りでなんだかくらくらするわけだ。
でも酔ってしまうと気持ち良く寝られる気はする。
「でも柊さん、お酒強いんだね」
「そうだな、お酒で困った事はなかったかな……」
自然に出た言葉に、柊自身が驚く。
リラックスしたからだろうか、自分を示す言葉が言えるようになった。
この分だと記憶が戻るのもそう時間はかからないだろうか。
――……それは、……怖いな。
なぜだか分からなかった。
結局この日は、ほろ酔い気分のままグレイに客室に案内されて眠りにつくことになった。
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