Side→G 1話

 グレイは魔法使いだ。

 それは童話や小説などでよくある魔法使いと相違がないもの。

 ただし彼は、一部の技に特化した魔法使いであり、万能ではなかった。


 見目は30代ではあるが、実は彼は100年近く生きている。

 今からおよそ100年近く前ーー。

 鬱蒼と茂る森の入り口に捨てられた孤児である赤ん坊は、そこに住まう魔女により拾われた。

 そろそろ現役を引退しようと思った彼女は、赤ん坊を抱きながら、後継者に出来るかもなんて考えたものだ。

 赤ん坊のお世話は存外大変で、魔女は手を焼いた。

 けれど唯一の頼りになる存在を赤ん坊は逃がしたくなく、また彼女も人が良かったため再び捨てる事はなかった。

 こうして赤子は拾われ、正式に魔女の子として引き取られた。

 少年と成長した子供に魔女は向き合い、この場所のことについて教えた。

 この森には結界が張っており、その調節次第では外の世界と接続したり封鎖したりすることが出来る事。

 森には沢山の植物が生えており、上手く調合すれば薬となること。逆に失敗すれば毒にもなりかねないため扱いは慎重に行う事。

 魔女として人として、正直に、優しくある事――。

 後継者が欲しいという頼みを聞き入れた少年は、魔女に弟子入りして修行を積んだ。

 毒草は口にしないという教えをきちんと守っていたが、魔女は寿命を延ばす黄色の果実を毒だと認識しなかった。

 病気の薬の作り方を引き継ぐため果実の味見をしていた少年は、こうして最終的には不老のような状態になってしまうがその時には気づかなかった。

 やがて彼は魔法使いの修行を履修完了した。

 沢山の薬草を扱い育て、品種改良や薬を作り出すことが可能となる。

 師匠である魔女が薬草の扱いに特化した魔女であるため、彼女の後継者が欲しいという願いは叶えた形になる。


「グレイ」

「なあに、母さん」

 魔女を母と慕い、彼女もそれに応え名を与えた。

 白黒はっきりつけない事も良いものだと思うから、灰色”グレイ”。

 その頃には魔女は老婆となっており、足腰が不自由になっていた。

 出会った頃よりも身丈が縮んだ母を気遣い、時に介護しながら共同生活を送っていく。

 その頃は森は封鎖したままであった。

 寂しくはなかった。だって母がいたから。

 けれど人と接していた方がいいと言われたため、時折散歩と称して外の世界を見学していた。

 人間観察が趣味になったのも、自分はどこか人と違うと察していたからかもしれない。

 聡い少年であったため、人の感情や考え方を理解するのは早かった。 


「その赤い葉っぱは、突然変異だね」

「そうみたいだね。半年くらい前から生えてきたんだ」

 森のはずれにある緑色の葉をつける木の葉っぱが突然赤くなったのだ。

 興味を惹かれた彼は、師匠の教えに従ってその葉を、木を調べた。

「毒物でも麻薬の類でもないみたいだよ。新しい魔法の材料になるみたいだから研究しているんだ」

「新しい魔法?」

「変身魔法っていうのかな。一時的に外見を変えるものだね」

「変身……?」

「僕、外の世界の本屋で魔法使いものを読んだんだよね。一時的に外見を変えて、っていうものに興味があるんだ」

「まあ、やってみるといいんじゃないかえ」

 毒物でも麻薬でもないと教えた検査法で出たのなら、危険なものではないのだろう。

 好奇心に任せ、魔法の開発を見守った。


 こうして魔女である母と、成長した青年は仲睦まじく暮らしていたが、とうとう魔女の寿命が来てしまった。

 寿命を延ばす黄色い果実を手に取るが、この果実は摂取制限がある。

 制限を超えてしまった以上、無駄に延命は出来ない。

 人は寿命には抗えない。それが魔法使いであってもだ。


「……母さん……」

「なんだい、そんな顔をするんじゃないよ。

グレイは儂にとって……自慢の息子じゃから」

 ベッドに横たえた母の手を握り、息子は看取りを行う。

「孫の顔が見れないのが残念じゃが、そんな体質にしてしまったのは儂じゃからのう……」

「いいんだよ、母さん」

 研究していた薬の副作用なのか、寿命延長のせいなのか子孫繁栄能力が落ちてしまったようだ。

 けれどこの思い出には何物にも代えがたいから、そんなことは些細な事なのだ。

「愛しているよ、グレイ」

「……僕を、拾って育ててくれてありがとう……。大好きだよ、母さん」

 嬉しそうに笑顔を浮かべて頷いた後、老婆は息を引き取った。

 土に還した後、一人で生活をしていた彼は、心の中が空虚さでいっぱいになった。


ーー寂しいなあ……。

ーー誰もいないのってこういう事なんだな……。


 初めて孤独を識った彼は、下界で暮らすかどうかを選択肢に入れる。

 けれど外で人に塗れて暮らせる自信が彼にはなかった。

 明け方の空を見て、日中は薬草の手入れをして、夜は月の光を見ながら眠る。

 そんな日々が虚しくて、変化を求めた頃、彼女と出会ったのだ。


 サクリと足元で葉が音を立てる。

 夕焼けを見ようと森を散策して麓に降りてきたとき、それを見た。

 思いつめた表情の若い女性、なのだが……。


「え、あ、ちょっと……!?」

 森の麓で、木にロープを輪っか状にしてその中に首を突っ込もうとしているではないか。

 自殺しようとした女性を見つけ、止めようと体当たりする。

「きゃ、きゃあああっ!!」

 どさどさっ!

 思わず押し倒してしまったが、構うまい。

 とりあえず説得して自殺を思いとどまらせよう。

 生まれ育った森で人が死ぬことを見過ごすほどグレイは他人に無関心でも悪人でもなかった。


 改めて彼女の顔を見る。

 歳は20を過ぎた頃。絶望を宿した瞳と視線がぶつかった。

ーー彼女、笑えば可愛いんだろうなあ。

 おしとやかで控えめで、けれど愛らしい顔立ちの女性。

 それがグレイの最愛の女性「雫」との出逢いだった。

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