Side→K 6話
「……………」
「やっぱり抵抗あるかい?」
グレイの提案を最後まで聞いた真澄は、黙って考え込んでいる。
「全くないと言えば嘘になります。
でも今なら分かるんです。正攻法はとても無理だって。正論が娘を殺すなら、邪道にも手を伸ばします。
やりましょう」
「本当に真澄さんは強いね。心から羨ましいよ」
語りかけるグレイの声色はどこまでも優しくて、淋しげだ。
「じゃあ早速日向ちゃんに会いに行こう。そろそろ起きる頃かな」
「はい」
◆
「ううん……」
「日向」
ベッドに横になっていた日向が瞼を開けた。
視界に入ったのは大好きな母親の心配そうな顔だ。
「大丈夫?どこか辛いところは無い?」
「ちょっとだるい……」
「もう少し眠る?」
「ん……ベッドに座る……」
「分かったわ」
やはりまだぼうっとしている。
真澄は娘に手を貸し、身を起こした日向の腰にクッションを当てた。
「日向ちゃん。ハーブティー飲む?」
グレイは優しく微笑んで、湯気を立てる紅茶を差し出した。
ハーブティーには気分を落ち着かせる作用がある。一般に手に入るものを選んで茶葉にして淹れている。
「ありがとう……貰うね……」
両手でカップを受け取り、こくこくとゆっくり飲む。
薬草の香りが鼻をくすぐる。なんだか落ち着く味がした。
「日向ちゃん、僕が魔法使いだって話したよね」
「うん。もっと魔法を見せて欲しい……」
もっともっと非日常へ。
絶望する日常を忘れさせるくらいの刺激が欲しい。
「いいよ」
日向が顔を上げたのを確認してから、グレイはくるりと一回転した。
顔が正面に戻る頃には、グレイの顔立ちや姿形は変化を遂げていた。
灰色のざんばら髪は漆黒の長髪へ、柔和な顔立ちは鋭さを帯びていた。
「!!? すごい、変身!?」
「そう、へんしーんっ、ってね。僕の少ない持ち技の1つなんだよ」
「いいなあ、凄いなあ。わたしも魔法が使えたらな。
わたしも変身したいな」
わたしでない誰かになりたい。
鏡を見れば、わたしが生きていることに絶望するから。
「日向ちゃんを魔法使いにしてあげることは出来ないけど、僕の力で変身はさせてあげられるよ?」
まるでその心の中を読み取ったかのようにーー。
「え……?」
優しい言葉は麻薬のように娘の心に染み渡る。
「本当に……?わたしも変身ができるの?」
「うん。ではとくとご覧あれ」
グレイは近寄って腰を下ろした。
まるで童話に出てくる魔法使いが灰かぶりに跪くかのようだ。そして手を伸ばし、刹那優しい光が灯される。
真澄の瞳が驚きに揺れた。
日向の焦げ茶の肩までの髪は、輝くような腰までのブロンドヘアへと変わっていた。
影を宿す瞳は、色素の薄いながらも情景を映す瞳へ。
目つきや顔立ちも変え、まるでハーフのような美しい少女へと見目を変えた。
グレイが手鏡を差し出した。
「はい、変身完了。見てみて」
「! わあ……!!」
自分だけど自分でない。
日向は夢中になって鏡を覗き込んだ。
「すごい!すごいよー!いつまで変身していられるの?」
「解除を望むか、僕が解除するまでそのままだよ」
「わたし、暫くこのままでいていい?」
「いいよいいよー」
日向はすっかり魅入られた様子だ。
凄い凄いと歌うように口にし、非日常に酔いしれた。
ーーわたしじゃないわたし。
ーーうれしい。
娘が心からの笑顔を浮かべたのを見て、真澄は意志を固めてグレイの傍に寄った。
「グレイさん。私も変身してみたいです」
「お母さんも変身するの?」
きょとんと首を傾げるが直ぐに納得した様子で期待に満ちた瞳でグレイを見た。
ーーそうだよね、お母さんも変身に興味あるよね。
「いいよ。どんな風になりたい?」
「そうですね…。控えめで優しくて、木を支える根のような強かさを持った、私より10ほど若い女の人に」
「真澄さんらしいね」
ーー真澄さんは自分が強いことを気にしているから。
せめて見目は繊細に控えめに。
けれど自分の長所は殺しきることもない。自分は自分だから。
控えめで優しくて、人を支えるような……。
亜麻色の髪に茶色の瞳。少し地味で優しい女の人か姿を現した。
鏡でじぃっと見つめる。
ーー本当に変身しちゃうのね……。
自分の中の常識が覆されていくようだ。これだと自分が自分だと認識できない。
のに、娘は大興奮状態で手を伸ばしてくる。
頬に触れて、出来の良さに感銘を受けている。
だからこそ、真澄も直ぐに解除をしなかった。
日向が喜んでくれるならそれで良い。
「グレイさん凄いね。別人みたい!これで屋敷の中を歩いてみていい?役名みたいなのもつけたいな」
「役名?」
「変身モノにあるでしょ?変身後なんとかピンクみたいな。この顔立ちと姿に名前をつけたいな」
「それは僕も嬉しいな。名前、僕がつけようか?」
「いいの!?何がいいかな。どんなイメージかな」
「そうだね……。華やかで可憐な花のイメージ。ロゼッタとかどうかな」
「わー、可憐!外国人みたいで素敵!それにしよ!」
ロゼッタ。それがこの姿形の名前。
まるで新しい自分を手にしたようで嬉しかった。
「お母さん、わたし、屋敷の中を歩いてみたいよ」
「グレイさん、いいですか?」
「どうぞどうぞ」
「日向、身体がしんどくなったら言ってね」
「はぁい」
真澄が日向に手を貸すと、そっと握り返してくる。
やがて娘は母に身体を預けながらも興味津々で屋敷の中を歩いていった。
◆
リビング、寝室、真澄の寝室に客間。
リビングにある大きな窓から庭を確認したあたりで日向はソファーに寝転がって寝入ってしまった。
「やっぱり基礎体力も落ちてるんだね。気力は上がっているから、このまま楽しいものを見せて気力を上げて、起きている時間を増やすのがいいだろうね」
「ありがとうございます……。日向が嬉しそうで私も嬉しいです」
「どういたしまして。でも真澄さんも無理しないでね。
今までになかったものを受け入れるのは時間が掛かるよ。
それに、自分に越えられなかった壁を僕が超えたやるせなさみたいなのもあって当然だから」
真澄は小さく息を呑んだ。
やはりこの人、エスパーではないだろうか。
「いくら魔法使いでも心を読む能力はないよ。真澄さんのその気持ちは抱いて当然のものだから」
やはり洞察力が高い。その腕前には舌を巻いた。
「すみません……。親身になって協力していただいているのに、こんなことを思って……」
「想定済みだから気にしないで。何かあったらいつでも言ってよ。
コミュニケーションレスになるのが一番よくないから」
コミュニケーションレスになると、相手の心も見失ってしまう。
そうだ。それで真澄は二度失敗している。
痛いほどに分かっていた真澄は素直に頷いた。
「お言葉に甘えます。ありがとうございます」
◆
やがて日向は起きている時間に屋敷の中を歩き、お気に入りの庭で過ごすようになった。
日光はあまり強くないが、ささやかな光が心地好いらしかった。
日光浴をしながら、自然に触れて過ごすことで少しづつ心が安らかになっていくようだった。
グレイに薔薇の水やりや雑草むしりなど初歩的なことを教えてもらったあとはますます庭いじりに熱中するようになった。
その上では田舎で過ごしても効果は身込めたかもしれない。
でも真澄は気づいていた。
ーーきっと姿形が違うことと、非日常が気分を押し上げてるわ。
日向は、今までの自分を嫌っているようだ。
だから違う自分になり、その自分を演じて過ごすことで自分自身を癒している。
これはグレイにも事前に説明されたことだ。
日向の様子を見て真澄は頷く。
これは確かに邪道だ。
でもカウンセリングの一つなのだと受け入れよう。
そして男は次のステップに進む。
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