第22話:マンションにて
濱岸涼香のマンションは梅田の喧騒とは変わって、比較的に静かな場所にあった。
光星が連絡を入れると、少し間を置いてオートロックが解除された。10階建てのマンションの3階に上がり、彼女の部屋に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。
部屋の中には紙が散乱しており、それは数にして数十枚はあった。そして、その全ての紙にはなぐり書きで赤いドレスを着た女が描かれていたのだ。
真理がその異様な光景に息を呑んでいると奥から目の周りに大きなクマを作った若い女性が現れた。その表情は明らかにやつれており、彼氏が訪れるのに薄い化粧をする余裕もないように見えた。
「どうせ信じてへんのやろ? うちがおかしなったと思っとる……」
「涼香……」
「自分の分からないものを受け入れるのは難しいの。でも、今の彼はあなたを信じている。だから私を呼んだの。始めまして、私はフリーライターの浅間真里。怪異や不可思議なことを得意としているし、私もあなたと似たような体験をしたことがあるの。だから、私はあなたの言葉を全て受け入れられる。辛いだろうけど全て話して。一緒に解決の糸口を見つけましょう」
「ああ……あああ……。あんたはうちの言葉を全て信じてくれるのね。ありがとう。ああ……ありがとう」
涼香は真理の胸に抱きついて、むせび泣いた。真理は黙ってそれを受け入れながら、彼女の精神がだいぶまいっているのを実感した。
そして真理は彼女をひと目見た時から微妙な違和感を感じていた。それは人ならざる何かを身にまとっているような不思議な感覚だった。
真理は涼香の信頼を得るために自分の身に降り掛かった怪異の体験談のいくつかを簡単に話した。涼香はまるで恋人のように指を絡めて真理の手を握り、真剣に彼女の話を聞いていた。そして、ぽつりぽつりと自分の身に起こった怪異について口を開いていった。
「噴水の広場に迷い込んだら急に人の気配がなくなっていて、あたりを見渡すと古めかしい赤いドレスを着た女性が一人立っとったの。場所を聞こうと声をかけた途端に体の中を何かが駆け抜ける感覚があって、直感的にヤバいと感じたの。そして、振り返った彼女の瞳は真っ黒やった……」
「違う世界の住人は正しく認識できないことが多いの。たぶん黒目だけの瞳に見えたのはそのためだと思う」
「はあ、うちの話、信じて聞いてくれるだけで救われる」
涼香は指を絡ませて繋いだままの、真理の右手に頬ずりをして続ける。
「そんで、ヤバい思って急いで逃げたのやけど、その女は髪を振り乱して走ってきて……すぐに掴まれて殺すって……そこで記憶が切れて……」
「そこが、そこがね、私は引っかかるの。赤い女は殺すとまで言ってあなたを掴んだのに、あなたは戻ってこれた。それこそが怪異のパズルを解く鍵になるんじゃないかと私は思っているの。開放せざる何かがあったのか? あるいは別の目的があるのか?」
「その後も見える言うとったよな?」
だまって聞いていた光星が割って入る。
「自分は何も見えんて、信じてへんくせに!」
「大丈夫。彼も今はあなたを信じているから。それで、赤い女はどんな時に現れるの?」
「ほんまにストーカー。外に出ると物陰から私をのぞいとるのが分かるの。ビルの陰やったり、人垣に紛れとったり……」
思い出して恐怖が蘇ったのか、体を震わせながらも真理にピッタリと体を密着させる。
「まだ、何もされたりはしていないのね?」
「……はい。あの……もう少しこうして引っ付いていていいですか? 真理さんのぬくもり、安心する……」
「どないでしたか?」
マンションを出てすぐに光星は真理に答えを求めた。真理は並んで歩きながら会話を続ける。
「彼女は怖い思いをして、精神的にだいぶまいっているようなので、しっかりと支えてあげて下さい。今は感情の起伏が激しくて時にはあなたを攻めるようなこともあると思うけれど、全て受け入れて包んであげてね。それと……今は強いものではないのだけれど、彼女の体から違和感を感じました」
「違和感ですか?」
「ええ、彼女に何かが取り憑いていて、それが彼女に怖い幻影を見せている可能性もあります。近くにいるあなたが赤い女を目撃していないのはそのためなのかも? だから、彼女の言葉を否定しないで全て受け止めてあげて下さい」
「取り憑いているのは赤い女なんやろか?」
「そこを明確にして解決方法を探るのが私の役目だと思っています」
真理は春の夜風に吹かれながら、情報こそが自分の武器なのだと心に言い聞かせていた。
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