第11話:決着

 建物の奥に隠れた真理は、自分にはもう走り回る体力がないと悟り、部屋の隅で物陰に隠れてやり過ごそうと試みる。ムカデは動きに敏感だ。物音を立ててはいけない。

 だがその考えは甘かった。道造は匂いを探知しているのだ。建物の扉を開く音が聞こえる。


「ひひひ。それで隠れているつもりかえ?わしの触覚には恐怖に震えるメスの匂いがビンビン伝わってくるっペぇ。ふひひひひ」


 巨大ムカデは大きな触覚を揺らしながら、真理の匂いをたどって近づいてくる。彼女が隠れていたものの上に体を乗せ、陰に隠れていた真理を覗き込む。


「みぃつけたぁ」

「きゃああぁぁぁぁ!」


 耳元で響く女性特有の甲高い声に省吾は深い眠りから目を覚ます。


「何だ? どうした? ぬおおぉぉぉぉっ!?」


 省吾の視界に飛び込んできたのは、頭の上の触手を頻繁に動かすムカデ男の顔。

 真理が隠れていた場所こそ、省吾が埋め込まれた柱だったのだ。


「頭に血が上ってどこに誘導されていたか分からなかった? ここはお柱様のお堂。私の匂いを探り当てるのに夢中で、お柱様になった省吾からは匂いを感じ取れなかったかな? あんたが匂いを探知しているならば、それを利用させてもらうまで。私達の勝ちだ!」

「ぐわああぁぁぁぁ!」


 道造の触覚が省吾を探知する。強烈な光が祠を包み、入れ替えが始まる。


「ぬおお!? 何か知らんけどオレっち外に出れたぜ!」

「助かったばかりのとこ悪いんだけど、このナタで道造の触覚を落としてくれない?」

「はあ?」

「彼が完全に柱と同化する前に早く! そうすればもう入れ替えは起こらない! いやぁ、道造が触手で探知する人で良かったわぁ。目ん玉潰してとか頼むのグロいもんね」

「おめぇは悪魔か」


 省吾が触覚を落とすと、道造は静かに目を閉じ深い眠りに付いた。彼自信がお柱様になったのだ。


(これで良かったんだ。道造自身も囚われていたんだ。この歪んだ世界の歯車として)


 真理達がお堂を出ると、外の景色は色を失っていた。そして、ひび割れるように裂けた空間から光が差し込んでくる。やがてその光があたり一面を包み込むと、真理達は深い藪の中に立っていた。

 昼の高い太陽と土砂に洗い流された後の荒れ地。真理は現実世界に帰って来れたのだと実感した。


「珠里ちゃんを病院に連れて行かないと。それと省吾もね。身体中ムカデに噛まれていたでしょ?」

「それがよう、全然なんともねぇ~んだわ。痛くもなくなったし、噛まれた痕も消えてる。ほら」

「わあ! だからって女の前で服脱ぐんじゃないよ! もう。あれも霊障だったのかな?」


 真理は服を戻した省吾に視線を戻す。


「でも、そのぼろぼろの服は何とかした方がいいね。こんな人が山から降りてきたら熊にでも襲われたんだと思うもん。実際はムカデだけどね」

「ま、バイク用のジャケット羽織れば何とかなんだろ。それより珠ちゃんをおめぇの車まで運ぶぞ」


 省吾はうずくまる少女を抱えて歩き出した。真理は振り返って、もう一度荒れ果てた集落跡地を見てから省吾に続いた。

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