第10話:ジャーナリストの武器2

「み~つけた~ぁ」


 壁にこじ開けた穴の中から顔を覗かせた道造は、舌を伸ばして真理の頬をいたぶるように舐めあげる。


「ひぃ!」


 真理は手に持っていたナタをやたらめったらに振り回す。だが道造は、その大きな動きから伝わる空気の振動に即座に反応して顔を引く。そして長い体を曲げて勢いをつけると、弾丸の様な素早さで壁の穴から飛び出し、体当たりをして真理を弾き飛ばした。

 その体は中央の囲炉裏まで吹き飛び、かけられた茶器を破壊する。火こそついてはいないものの、男と違って頑丈にできてはいない女の体は、強い衝撃を受ければすぐには動けない。


「こざかしいおなごが! 柱に埋め込んで山神様の供物にしてやるっぺ!」

「ううう……」


 道造は無数の足をうごめかせながらゆっくりと獲物に近づく。


「ひひひひ。恐怖に満ちたおなごの匂いはたまらん。四肢に噛みついて動けなくしてから、泣き叫ぶ様子をじっくり観察してやんべぇ」

「ふ、ふふふ。私の情報もなかなか精度が高いかな。『女を付け回す変態』ってね」


 ギリギリまで無駄な動きをせずに体力回復に努めた真理は、迫る道像の顔に……いや、正確には頭の触覚に向かって囲炉裏の灰を浴びせかける。


「ぐわぁっ!」

「触覚で探知する者にとって、そのレーダーを潰すことは捕食能力が失われるのと同じこと。灰を完全に払い落とす短い時間だけでもいい。この家から脱出する時間が稼げるのなら」


 体を振るい、必死に灰を落とそうとする巨大ムカデを横目に見ながら、真理はよろつく体に活を入れて家から飛び出した。


「おのれ……あのおなごだけは許さねえべ!手足を食いちぎってやんべぇ」



 足がもつれそうになりながらも懸命に走る真理の視界に、集落の出入り口である2本の柱が目に入る。だが、その目前に広がる壮絶な光景に真理は吐き気を覚える。

 生首が5つ、そして数十の切り落とされた手足が転がっている。


「こ、これは……」

「うへへへ、女がいたぞ! 捕まえたら兵頭様に褒めていただける」


 生首が回転し、真理の方を向く。すると、地面に転がった無数の手足ももぞもぞと蠢き出す。


「これは生首じゃない。道造の子分のムカデか……。ムカデの尻尾が頭の断面から伸びている。手足も同じ。察するに霊力が低い分、道造のように巨大なムカデになれないだけで道造と同じと言うことか。だけど数十匹の小さなムカデよりは脅威だよ。あそこに突っ込んだら間違いなく捕まる」


 パキパキパキ……。


 背後から小枝の折れるようなラップ音。早くも道造が動き出したようだ。


「たまたま逃げ道に黄泉比良坂の出入り口があっただけで、私はまだ外に出るつもりはない。外に出たら省吾の体が衰弱して場が不安定になるまでは、またこの空間に戻ってこれるかは分からないからね。ここから出るのは省吾を連れてだ!」


 真理は首や手足が蠢く出入り口には近づかずに、道を曲がって坂上の方角へ進む。彼女は自分には道造を倒す力がないことは先程の格闘で身にしみた。己の非力も去ることながら、道造の動きは意外に素早い。人間の頭こそ付いてはいるが、攻撃に関しては獰猛なムカデそのものだ。


 この集落の構造は基本的には円状だ。入口から道幅の広い2本の通りが伸びているが、この通りは集落の奥で合流する。そこから枝で細く短い道が作られ、それぞれ簡素な住宅などに続いている。

 脱出口は先程通り過ぎた2本の柱が立つ出入り口しかなく、真理は逃げているのではあるが、正確にはカゴの中を獰猛な捕獲者から避難しているに過ぎない。

 やがて真理の体力が落ちる時が来る。足が止まると……。


「うひひひひひ、追いついたっぺぇ」


 茂みから姿を表した巨大なムカデが獲物に飛びかかる。


「ひっ!」


 真理はしゃがみこんで間一髪攻撃を避ける。道造は頭に血が上り狙いが少し狂っているようだ。女である真理がこの集落の長である自分に楯突くのが我慢ならないのだ。

 狙いを外して地面に転がった道造は体をくねらせる。反転するとすぐには起き上がれないらしい。

 冷静さを取り戻した真理が近くに立てかけてあった木材のロープを手持ちのナタで切ると、それは大きな音を建てながら暴れるように倒れるてくる。


「轟音と振動で道造の触手から得られる情報を混乱させる。はあはあ……。頑張れ私。もう少しだ、もう少し走って……」


 体に蓄積されたダメージと逃げ続けた披露で真理の足はどんどん重くなっていく。


「はあはあ……。せめてもう少し先まで。あそこに身を隠して体力の回復を図らなくちゃ……」

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