第17話:声

 金曜日の深夜、あずま颯太そうたは軽い足取りで夜道を歩いていた。

 こんな時間の呼び出しだが、頭の中は興奮状態だった。これから女子高生を抱けるかもしれないのだ。しかも遊び歩いているようなそこらの軽い女とは違う。清楚で礼儀正しい、正真正銘の処女だ。

 颯太は駅前のコンビニでエナジードリンクを買って、一気に飲み干した。


 昨日、颯太のSNSに横峯よこみね結菜ゆなから久しぶりにメッセージが入った。「あの時は突然でびっくりしたが、寂しいので会いたい」とのことだった。

 まさか続きがあるとは思っていなかった結菜との関係の思わぬ復活のチャンスに胸を躍らせて、颯太は即座に返信をした。

 話が進み、金曜日の夜に会うところまですぐにこぎつけた。親の目を盗んで外出するので深夜0時頃になるだろうとの話だった。何の問題もないと颯太は思った。翌日は土日で仕事も休みだし、オールナイトだって大歓迎だ。それに、深夜にゆっくりと話せる場所と言ったら、自ずと選択肢が狭まってくる。


「この公園の祠のところで待ち合わせか。よく知らないけれど、彼女の家ってこのあたりだったかな?」


 颯太のスマートフォンに着信が入る。結菜からの着信だったが、電話を受けても相手の声が聞こえない。


「もしもし。東だけど? もしも~し!」


 通信が悪いのか返答がない。どうしたものかと思案していると、大きな木の陰から見知らぬ一人の女がスマートフォンをちらつかせて現れた。


「悪いね。結菜ちゃんは来ないんだ」

「は? 誰だおまえ? 結菜の姉かなんかか?」

「いや、彼女の知り合いの浅間ってもんだけどさ。東さんの事を聞いてどうしても話してみたくってさ」


 颯太は現れた女を上から下まで見つめる。着ているものこそパッとしないが、スラリとしたモデル体型で顔もなかなかの美形だ。


「はあん。そういう事。構わないぜ俺は。お姉さんけっこうなハイレベルじゃない。お近づきになりましょ。で、俺とどんな話がしたいの?」

「いや、私じゃないんだ。正確にはあなたに会いたかったのは彼女」


 女が颯太に向かってスマートフォンの画面を向けると、公園の木々が静かに揺れ、二人の周辺を冷たい風が通り抜ける。


『……やっと見つけた。東さん……あなたは私を埋めた……』

「う、うわぁ!」


 地の底から響くような女の声に颯太は腰を抜かして尻もちを着いた。自分のスマートフォンの通話をオフにしたが不気味な女の声は止まらない。


『私……みゆき。東さん……あなたに殴られて……机の角に頭をぶつけて死んだ……そう、あなたに殺されたの』

「ひいぃぃぃっ!!」


 颯太はスマートフォンの電源をオフにするが、やはりその声は消えない。むしろ頭の中に、より鮮明に響いてくるようだ。


「スマホの電源を切っても無駄だよ。あんたに聞こえている声はすでに私には聞こえない。声の主は既にあんたに取り憑いているんだよ」


 整った顔の女も自分のスマートフォンの通信を切って見せる。-


「あの世とつながるスマートフォン。存在しない桁数での番号は電話の機能でつながっているわけじゃないから、あの世と通じたまま本来の電話の機能で別の電話にかけることもできるんだ。これは既に実験済でね。そして、霊界アンテナ3本線圏内のこの場所でならつながった電話の方でもあの世からの受信ができるんじゃないかと思ってね。彼女の魂に強いつながりがあるのならだけど」


 颯太は気づいていた。頭の中で繰り返されるうめき声には聞き覚えがある。自分が突き飛ばしたあの女……。目の前の女はさらに続ける。


「目的の相手を見つけた魂はあなたの携帯電話を経由してあなた自身に取り憑いたんだよ。よっぽど因縁が深い相手じゃないとそんなことにはならないんだろうけどさ。彼女は埋められていると言っていた。あなたが死なせてしまって、その死体を何処かに埋めたんでしょ!?」

「な、何を分けのわからないことを言っているんだ。あ、頭おかしいんじゃないのか、おまえ?」


 颯太は頭に響き続けるみゆきの声をかき消すように、地べたに座りながら頭をかきむしる。だが、その無念の声は消えることはない。

 そんな颯太の惨めな姿を、目の前の女は冷たい目で見つめていた。

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