第30話:対決

 通路の先は次元の狭間、黄泉よもつ平坂ひらさか。その前に立ち、真理は後ろを振り返る。

 広範囲に渡る小さな次元のほころびを紡いできた歩には疲れの色が見え、涼香と光星は不安そうに真理を見つめている。


「天間君、涼香さんに憑いた悪霊はどうなっている?」

「浅間さんがそこに立った時に、計算通りそちらへ移動しました。と言っても浅間さんは強い意思を持っているから体の中には入れずに、象徴である赤いドレスにまとわりついています」

「ここまでは計画通り。こいつらは泉の赤い女が恐怖の種を私に埋め込んだ後で、私に取り憑けばいいと思っているんでしょうね。じゃあ、行ってこようかな」

「本当に一人で行くんですか?」

「今回はその方が都合がいいの。強い意志を示せるからね」


 真理は左手を軽く上げてみんなに挨拶をすると、次元の狭間に消えていった。



 その境をくぐる瞬間、カメラのフラッシュのような閃光が走り、真理はまぶたを閉じる。そしてゆっくりと目を開けると、そこに広がっていたものは現実世界と微妙に乖離した世界だった。

 古ぼけた写真のように、くすんだ色味をした世界のその中心には、白い噴水が圧倒的な存在感を出して鎮座していた。先程までの喧騒はかき消え、流れる水の音だけがやけにはっきりと聞こえてくる。


「泉の噴水。へえ、こうして見るとなかなか風情があるじゃない」


 ゆっくりと噴水に近づき、下から上へと視線を走らせる。天井には噴水と同じ丸いリングの中に虚構の空が描かれている。

 真理はゆっくりとドレスの背中に手を回し、ファスナーを下ろす。そして泉から目線を外さないままで、悪霊の取り憑いた赤いクラシカルドレスを脱ぎ捨てる。

 シルエットを崩したくなかったので、ドレスの中は、白いカップ付きタンクトップと大胆に脚を出したブラックのショートパンツのみの姿だった。

 ショルダーバックからライター用のオイルを取り出し、脱ぎ捨てたドレスに全てを浴びせかける。


「さあ、女王の元にお帰り」


 油の染み込んだドレスの上に火の付いたマッチを落とすと、それは瞬く間に炎に包まれた。業火の中で形を失っていくドレスの中から、幾多もの不幽霊が飛び出してきた。この異空間の中では真理でも、その様子を捉えることができる。

 飛び出した霊達は噴水を飛び越え、まるで排水口に吸い込まれて行くように渦を巻きながら、その一点へと吸収されていく。その先にいたものは……赤いドレスの女。


「……殺す」


 赤い女は真理に向かって全速力で飛び出していく。噴水の縁を飛び越え、水の中に入っても、速度を弱めることなく真理をめがけて特攻してくる。


「なるほど。確かに目の部分は真っ黒だ。赤い女……好物は人の恐怖の感情」


 髪を振り乱し、バシャバシャと水を弾きながら迫ってくる様子は狂気としか思えなかった。それでも真理は赤い女から目を離さずにその場に立ち続ける。スラリと伸びた艷やかな足はしっかりと地面をつかみ、包帯の巻かれた右腕も隠すことなくさらけ出して彼女を迎え撃つ。


「死ねぇ!!!」


 赤い女は真理の首を締めんと両の手で輪を作り、泉の縁からジャンプして彼女に飛びかかる。


「赤い女……弱点は立ち向かう心」


 赤い女の両手が真理の首に触れる。そして力を入れる仕草をした直後、彼女の姿は半透明のエネルギー体となって四散した。


「はっきり言って、いくら脅されても怖くないんだよ。こっちはしっかりとリサーチした結果をもとに行動しているんだからさ。精神的な接触はできても、物理的な接触はできない。だから涼香さんを利用して都市伝説を復活させようとしたんでしょ」


 赤い女を失った噴水広場の風景は、フィルム写真のネガのように反転していく。そして、半透明に透ける噴水の向こう側には、LED照明に照らされた、泉のツリーが薄っすらと姿を表してくる。


「場の力が失われて、次元の歪みが消えていく。私達の勝利だ」


 真理の足元には、黒焦げになった赤いドレスが転がっていた。

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