第2話:ヨロシク相棒

 栃木県日光市某所。

 目的地に着いた真理は車を下りて深呼吸をする。

 大きなビルに囲まれて、時には息苦しささえ覚える都心とは違い、市街地であっても日光連山をバックにした見晴らしのいい景色が眼科に広がり、それだけで気持ちがいい。そして何よりも空気が澄んでいる。

 車を持たなければ、もう少し生活に余裕ができるのだろうが、これはジャーナリストとしての立派な商売道具だ。思ったところにすぐに足を伸ばせるし、いざという時には車中泊だってできる優れものだ。


 背後からバイクの野太い排気音が近づく。スミレに紹介されたボディーガードだろうか?

 振り返った真理は、待ち合わせの場所に現れたその男の装いを見た途端に心がどんよりと暗くなる。

 頭は周りを刈り上げたリーセント。色付きサングラスのチンピラ風の小男は、スマートフォンのカメラを自分に向けて何やら話し始めた。


「ちょり~ん。ヨロシク省吾しょうごのツーリングチャンネル。今回はお待たせのバズり企画、心霊スポット探索編だぜ。マジでヤバイからそこんとこヨロシク!」


 さすがの真理もツッコミを入れずにはいられない。


「いや、いや、いや! 普通ここは、変わり者のイケメン青年か、疲れを見せつつも包容力のあるイケオジでしょ! 相棒役は!」

「……」

「そこ何かツッコミなさいよ! 一人でイケオジとか言って、浮かれてるみたいで恥ずかしいでしょうが!」


 ヨロシク省吾と名乗った男はサングラスをずらして真理の顔を覗き込む。


「おめ~あれだろ? フリンライターの真理浅間とかっての?」

「欧米風に呼ぶな! 学生時代にマリア様とか言われて散々からかわれたんだから。ってか、それより、フリンライターって何よ!どこの世界に『私は不倫してま~す』みたいな自己紹介する記者がいるのよ!フリーライター!」

「はぁ、おめ~よくしゃべるなぁ」

「こ、こいつ……」


 真理の眉間にシワが寄る。


「ってかあんた『激!リアル』によく載ってる人でしょ。元暴走族ヘッドとか言って」


 省吾の瞳がキラリと光る。


「やべぇなぁ。オレっちも有名人だからなぁ。そうよ、オレっちこそが千葉に大型暴走族を復活させた『邪無我じゃんが』伝説のヘッド、ヨロシク省吾よ。オレっちに惚れると火傷するぜ!」

「うざ!めっちゃうざっ!」

「あのよぉ、俺だってスミレさんの紹介で来たけどよぉ、ファッションリーダー山本で買ったような服で全身コーデした貧乏くさい女と行動したくないのよ、本当は」

「い、いくらお金をかけようと、センスのない服着るくらいならファストファッションのがマシよ。どこで売ってんのよ、そのヘビ柄のパンツ! ……もういい。投稿者に会いに行こう!」



 投稿者の女の子に連絡をとると、駅前の喫茶店『さち』で待っていて欲しいと告げられる。近くなのですぐに迎えに行けるそうだ。

 車とバイクをパーキングに駐め、指定された素朴な喫茶店に入る。観光シーズンを外れているためか、中には数人の客がいるだけだ。

 女の子が到着するまでは、やはり手持ちぶたさなので、コーヒーを片手になんとなく二人で会話を始める。

 省吾は動画配信が専門ではなく、小さいながらも改造車のカスタムショップを経営するオーナーなのだという。族時代の人脈を元に黒字経営を継続しているらしく、意外としっかりしていとる真理は内心素直に感心した。


 コーヒーのおかわりを頼もうか思案していると喫茶店の扉が勢いよく開いた。そして、黒髪のおさげをゆるくアレンジした、清楚ながらもちょっぴり今風な女の子が真理達のテーブルに駆け寄る。


「はわわ! 浅間真理さんですね。あの、あの、私は濱月はまつきみはるといいます。大、大、大、大ファンなんです!」


 みはると名乗った少女は真理の手を両手で握って、感動のあまり涙をこぼす。周りの客は何事かと、そのテーブルに視線を向ける。


「誰? 有名人なんけ?」

「私はよく知らんけど、あの二人、お笑い芸人じゃないけ?」


 思わぬ注目を受けた真理は恥ずかしい気持ちを抑えつつ、興奮した子犬を落ち着かせるようにゆっくりと少女を椅子に座らせてから、アイスコーヒーをオーダーした。

 話を聞くと、みはるは高校でオカルト研究同好会に所属しているオカルトマニアらしい。


「真理さんの怪異ファイル、初投稿の山梨の事件を読んだ時からビビッと来ました。この人は本物だと。それに、怪異的要素がない事件の時はしっかりと言及する。それがいいいんですよぉ。」

「そ、それはどうも」

「しかも、しかもですよ。実物は超綺麗でこんな素敵なお姉様だなんてぇ」


 騒がしいやり取りを冷めた目で眺めていた省吾がポツリと呟く。


「素敵なお姉様ってのは推しの欲目だな」


「ところでお姉様、こちらの男性は、お姉様がお付き合いされている方ですか?」

「「違うよ!」」


 コンビ芸人のように二人の声は見事に揃った。

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