第3話:失踪

「珠ちゃんを見つけて欲しいんです」とみはるは切り出した。

 オカルト研究同好会の仲間である中西なかにし珠里たまりが行方不明になって3週間以上が経っていた。

 彼女は特に地元の都市伝説である『おはしらさま』に夢中になっていたから、失踪を聞いたみはるは真っ先に伝承の場所を調べた。そして彼女の行方は分からなかったけれど、山中の道路に彼女の自転車が乗り捨てられていたのを発見した。


 その情報を基に、警察は一度山狩り捜索を行った。だが手がかりは何一つ発見されず、結局失踪は家出として扱われているようだ。

 珠里は父の再婚によりできた新しい母親とうまくいっておらず、失踪当日もちょうど喧嘩をして家を出た直後だった。それが家出の根拠となっているようだ。


 みはるが話し終え、落ち着くのを待ってから真理は疑問を投げかけた。


「怪異については警察の範囲外だろうけれど、それを差し引いてもけっこう事件性はあると思うんだけどなぁ。自転車が山中に残されていたとか」

「警察なんてそんなもんよ。一度でも山狩りをしたのがいい方で、よっぽど世間的に話題にでもならなきゃ、ろくに調べもしないぜ。くだらないスピード違反なんか取り締まってるよりも、もっと重要な仕事があるだろうによぉ」


 省吾が毒づく。


「まあ、暴走族が言うと説得力ないけどね……」


 まばらだった喫茶店の客はそれぞれに会計を済ませ、客席は真理達だけになっていた。店内には静かなBGMが心地よく流れている。


「それじゃあ、ここからが本題。おはしらさまについて教えてくれるかな?」


 真理の問いかけに、みはるは真剣な眼差しで二人を見つめ、話を始めた。



 戦後から、高度成長期と呼ばれる頃までの間だが、みはる達が生まれ育ったこの場所から少し山間に進んだところに奥谷おくたに集落と呼ばれる場所が存在した。

 そこは兵頭ひょうどう道造みちぞうを中心とした、兵頭一族が取りまとめ役を行う、林業を営む小さな集落であった。しかし、高度成長期の木材の需要と重なって、伐採すれば伐採するほど木材が売れ、一族は潤っていった。

 だが、後先を考えない無理な伐採が影響してか、集落周辺では小さながけ崩れが度々起こるようになっていた。

 見かねた村人の一人は道造に、伐採の一時中止と計画伐採の嘆願をする。

 それに腹を立てた道造は村人を暴行、村八分にし、彼の娘を山の神にささげる人柱にするべく、『お柱様』の儀式を始めた。


 娘が地中に埋められる寸前、村人は猟銃を持って兵頭家を襲撃。娘を救い出し、集落から脱出した。

 その直後、山は大きながけ崩れを起こし、飲み込まれた集落は消滅した。

 結局、兵頭一族自らが人柱になってしまったのだ。


 彷徨う道造の怨念は、「お柱様さえ捧げることができれば集落が滅ぶことはなかった」と信じ込み、奥谷集落跡を訪れた者を人柱にすべく捕獲を行っているのだという。

 そして、お柱様の顔を見たものは人柱にされ、この世に帰ってこれなくなるとも伝えられている。



「実際、珠ちゃんがお柱様に囚われたのかは分かりません。ただ、霊感が強い人が調べれば何か分かるかもと思いまして」


 元気なイメージのみはるだったが、しゅんとした様子は彼女を少し小さく見せているようだ。


「霊感ならオレっちに任せな。首なしライダーと並走した事件は今や伝説だぜ」

「首なしライダーとは、またベタなの持ってきたなぁ……。まあ、どうなるかは分からないけれど、私なりには調査してみるよ」


 真理はみはるの瞳をしっかり見据え、強く彼女の手を握りしめた。

 その強い意志に笑顔を取り戻したみはるは、だまって強く頷いた。


「そうでした。そうでした。お姉様達、まだ宿は決めてないですよね? うちは旅館をやっているんですけど、私の大事なお客様が来るってお父さんに話したら、素泊まりで良かったらうちにタダで泊まってくれって。シーズン前でお部屋空いてますから」

「本当に? 助かったぁ! あ、店員さん、コーヒーのおかわりと苺のショートケーキ追加で。このザ・昭和な感じのレトロなショートケーキが気になってたんだよねぇ」


 真理はメニューを広げ、昭和レトロなショートケーキを指さして満面の笑みを浮かべた。


「んじゃ、オレっちもホットドックを追加するかな」


 と省吾も続く。

 真理は期待に満ちたみはるの顔を眺めながら、頭の中でこれからやるべきことを組み立てていた。

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