浅間真理の怪異ファイル
甘宮 橙
おはしらさま
第1話:青空出版
「ねえ、知ってる? 美紀が部活の先輩に聞いた話なんだけどさ~」
「なんね?」
「マジやばいらしいんだっけ、おはしらさま。顔を見た者はあの世に連れ去られるんだって」
*
「ふあぁぁ……」
真理はベッドで半身を起こし、大きく伸びをする。新鮮な酸素が体内を巡り、身体が目を覚ます。
平均より少し背が高い彼女は手足が長く、スラリとしたモデル体型。普段のヘアスタイルは外ハネのボブ。全体的に凛とした顔つきをしているが、大きな優しい瞳がアクセントとなり親しみやすい雰囲気を醸し出している。
そんなフリーライター
「んん、9時か。昨日は寝るの遅かったからなぁ。今日の予定は……。13時から青空出版でスミレさんと打ち合わせか。連載切られなきゃいいけどなぁ。あれが……あれだけが生命線だから」
東京、高田馬場の雑居ビルに事務所を構える青空出版は小さな出版社だ。『週間 激!』や『月間 激!リアル』などのB級雑誌を販売しているが、コンビニ置きされている雑誌なので、それなりの需要はあるようだ。
看板の激!シリーズは社長の
体にフィットした妖艶なファッションに身を包むスミレは、50歳は超えているはずだが、実年齢よりもだいぶ若く見える。
「こんにちはスミレさん。打ち合わせに来ました」
事務所に顔を出した真理の『東京で暮らす若い女性』にあるまじき格好に、スミレはため息をつく。
「ちょっと真理ちゃん、何よ、そのルームウェアみたいなスウェットのジャージ上下は。それに少しはお化粧くらいしなさいよ。若いからって気を抜いてたらすぐにオバンよ」
「カジュアルファッションですって。今、ニューヨークあたりで流行ってるらしいですよ。たぶん。それに最近、化粧水を使い始めたんですよ。ワンコインショップで500円の」
「はあ、女学生じゃないんだから……」
スミレはサーバーからミネラルウォーターを注ぎ、真理に差し出す。
「それじゃあ仕事の話をしますか。真里ちゃんの連載、なかなか好調よ」
霊感の強い真理は『月間 激!リアル』に『浅間真理の怪異ファイル』の名で連載を持っている。
以前は社会派ライターを目指していたが、自分の記事がきっかけで人を傷つけてしまった過去があり、例えそれが正義の追求だとしても、人を追い込むような記事は書けなくなっていた。
そんな彼女に手を差し伸べたのがスミレだった。
「うちの雑誌の3大コンテンツは『芸能ゴシップ』に『オカルト』に『アウトロー』だからね。真理ちゃんにも期待してるのよ」
「す、素晴らしい雑誌ですね」
「ところで連載を続けていくにあたって、ネタ切れをおこさないように、読書投稿の都市伝説を調べるってどうかしら? けっこうハガキが来てるのよ。うちの地域の噂を調べてくれって」
「それ、すごくいいですね。本当にネタ探しは大変なんですよ」
身を乗り出して真理は同調する。
「で、どんなのがあるんですか? ふ~ん、おはしらさま? 聞いたことないなぁ。栃木県……あの世に連れ去られる系か。って、これ投稿者は女子高生? 激!シリーズってある意味、エッチなグラビアが載ってる情報誌よりも不健全な気がするけど?」
「世の中、健全のみで染まる方が不健全なんてこともあるのよ。ものは試しでそれ行ってみなさいよ。ああ、そうそう。女ひとりの取材も何かと危険を伴うでしょうからボディーガードを付けとくわ」
「ボディーガードですか……」
なんとなく嫌な予感がする真理であった。
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