第7話:探索

 省吾が隠れていた木樽の近くにある小屋の扉に手をかけると、それは抵抗もなく開いた。まずはここから探索を開始することにした二人は、薄暗い家の中で目を凝らす。

 人の気配はない。足元に注意しながら慎重にあたりを見渡す。すると木を貼り合わせた簡素な床の先に現代的な青いダウンコートが落ちているのを発見した。


「おい、これ珠ちゃんのじゃねぇの?」

「いや、これは男性用だし、汚れ具合からして3週間なんてものじゃないから、以前ここに迷い込んだ別の人のじゃないかな? おはしらさまが都市伝説として語り継がれているってことは、ここに入った者、囚われた者、逃げ出せた者がいるはずだよ」


 真理は薄汚れたダウンコートを手にとる。


「う、うわああぁぁぁぁ!」


 コートの下にはびっしりと体を寄せ合い、くねくねとうごめくムカデ達。そしてダウンコートの側にも10匹程度のムカデが貼り付いており、それがコートを這い上がり、真理の腕へと到達する。

 真理はダウンコートを放り投げ、腕を撫で回すムカデを払いのける。


「うおっ! バカ、オレっちの方に飛ばすんじゃねぇよ! つうか大丈夫か? 刺されてねぇか?」

「はあはあ……。もうちょっと気づくのが遅かったらヤバかったかも? うわっ! 数十匹のムカデがこっちに這い寄ってきてる! ここには珠ちゃんいないようだから早く出て別の場所を探そう」


 二人は逃げ出すように小屋から飛び出した。そして一息入れてから、道造の気配に気を配りつつ、なだらかな坂道を道なりに上がって行った。真理は省吾に告げる。


「お柱様は道造の屋敷の近くに奉納されているはずだから、一番大きい建物を探そう」


 幸い小さな集落だ。目的の屋敷はすぐに見つかった。二人は耳を澄ませて、奇怪なノイズ音が聞こえないことを確認すると、敷地の中へと足を進めた。

 村長の屋敷と言っても、そこは山間の小さな集落だ。昔話に出てくるような長者のそれとは違う。それでもしっかりとした作りの家は他とは差別化されていたし、手入れをされた庭もあった。


「ここにも気配はなし。入り口付近では誰かに語りかけていたみたいだけど、道造以外には村人の姿は見ていないよね?」

「ジジイだからボケて空に向かって話してたんじゃねぇか?」

「そんなオチだったらいいけどね。ねえ、あそこのお堂怪しくない? 行ってみよう」


 木々に囲まれた中に小規模のお堂が立てられている。省吾は先頭に立ち、草木を押しのけて、入口の引き戸を開いた。


「おい、これ穴が掘ってあって地下に続いてんぞ! まあ、そんなに深くはないみたいだけどよぉ」


 省吾はオイルライターの火をつけて階段を降りる。地下の空間で彼等が目にしたものは、3本並べられた太い柱。そして、その柱に一体化するかのように埋め込まれた少女の体だった。


「珠ちゃん? ねえ、しっかりして」


 真理は少女の基へ駆け寄り、少女の頬を叩く。柱に埋め込まれた少女は小さく呼吸をし、夢現のような状態で薄く目を開く。


「うううう……」


 少女は声にならないようなうめき声を上げる。「生きている」そう思った瞬間、真理は強い目眩に襲われて、頭が真っ白になる。強烈な光があたりを包み、全てが無になったような錯覚を覚える。

 そして光が収まると同時に、少しづつ意識を取り戻していく。


「おい、聞こえるか! おい! 真理浅間!」

(だから、マリアサマって呼ぶなって……)


 薄っすらと開けた瞳。真理の視界の中にぼんやりと省吾の姿が映る。そして、その横には力なく、ぐったりと横たわる少女。


(あれは珠里たまりちゃん? よかった助かったんだ。あれ? 私の体動かない……)


 ここで真理の意識は完全に覚醒する。


「わ、私の体が柱に囚われている?」

「強い光の後に目を開けたら、お柱様の中身がおめえと入れ替わっていたんだ。大丈夫なのかよ?」

「い、今のところは。そうか! 『お柱様の顔を見たものは人柱にされ、この世に帰ってこれなくなる』ってこのこと? 互いに認識すると入れ替わりをする? 私の体も徐々に柱に馴染みつつあるみたいだから、完全にお柱様になった時にその法則が発動するのかも?」


 真理は考える。

(この状況で私達にできることは何だ?)


「省吾に頼みがある……」

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