第25話:目撃
調査3日目の夜、真理は吹田にある涼香のマンション付近へと足を運んでいた。昨日は梅田付近を探索したが、赤い女についての情報に目立った成果は挙げられなかった。
「はあ、こっち来てからよく歩くわ。串カツとか食べても全然太る心配いらないね」
実際に涼香が赤い女を見るようになったのは、彼女の証言によると家の付近なのだ。赤い女の幻影が彼女の心の中だけの問題なのかどうかは、はっきりと検証しておく必要があると真理は思っていた。
午前中に降った雨の影響か、体にまとわりつくような湿度の空気が不快感を増す。真理は活動的ではあるが、普通の20代女性の平均体力を大きく上回ることはない。
額にじんわりと汗がにじむ頃には歩くペースも落ちて来る。
「やみくもに歩いてもしょうがないな。情報を整理してみよう。涼香さんは赤い女はストーカーだと言っていたっけ。だったら彼女を見張っているはずだよね」
道路から涼香の部屋が覗ける位置まで移動してみる。数棟のマンションが建っている地域であるのに、夜になると裏道には人通りがほとんどなくなるようだ。これはどこのマンションでも同じなのだが、住人の数を考えると真理には少し不思議に思えた。
真理は自分の位置を起点にして周囲を見渡し、涼香の部屋のベランダが見える範囲で人目につきにくい場所を探す。
「例えばあのマンション裏の緑地地帯とか……」
真理はゆっくりと高い木々が植えられた緑地地帯へと向かう。彼女の頬を冷たい風が撫でていった気がした。真理の胸が大きく高鳴り、全身の毛が逆立つような感覚を覚える。
マンションの3階部分まではあろうかという背の高い木の影にその女はいた。
古めかしい赤いドレスに身を包み、長い髪で顔を隠したその姿は、陽炎のようなオーラに包まれて、はっきりと視界に捉えることはできない。
「いた! 赤い女!」
真理は直感でその女の危険性を察知し、その女に気が付かれないように物陰に隠れながらジリジリと距離を詰めていく。
それを感知しているわけではないだろうが、女はよろよろと動き出した。左右の腕、それから足と、それぞれがバラバラに、不自然な動作で体を動かしていた。真理はその動きをホラー映画のゾンビの動きのような不自然さだと感じた。
その距離が6メートル程度に詰まったところで真理は動きを止める。それは赤い女の右手を見たからだ。
(あれは包丁? ええ! そんな話、都市伝説になかったでしょうが……)
どうしたものかと見守っていると、赤い女は右足を大きく宙に浮かせた。何をするのかと物陰から体を乗り出すと、女はぐるりと体を回転させる。
「ミ……ミ……ミ……」
そこからゆっくりと真理の方向に顔を向ける。全身に靄がかかった女の瞳は、ここからでは全部が黒いのかどうかは確認できない。
「ガッ」
突然女は真理の方向へ走り出した。大きな歩幅で体を揺らしながらも、絶妙なバランスを保ちつつ、包丁をかかげて迫ってくる。
「気づかれた! は、早い!」
突然の行動に、真理は一歩出遅れて逆方向に走り出す。背後から迫りくる圧を感じるが、振り返る余裕はない。ここは狭い区域に木々が植えられた緑地地帯の中なので、すぐに巨木に激突しそうになる。
真理は目の前の木に手をついて、体を左に交わす。
ブンッ!
真理の右頬の真横で空気が唸りを上げる。赤い女は既に真理の真後ろに迫っていたのだ。真理の瞳は至近距離から赤い女の顔をはっきりと捉える。
「そんな! 何で? 涼香さん!?」
「ミ……ミ……ミ……」
振り下ろされた包丁。真理の右腕に鋭い痛みが走り鮮血が飛ぶ。
「くああ!」
真理は大きく斬られた上腕を抑えながら、茂みの中に倒れ込んだ。
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