第26話:絶体絶命
真理は斬りつけられた右腕を押さえながら地面に転がる。押さえつけた左手の隙間からは赤い血が流れ落ちる。
「アガ……ガ……」
涼香は真理の横に崩れ落ちるように倒れ込み、ズリズリと体を這わせながら、真理の上にのしかかってくる。
「正気を取り戻して涼香さん!」
真理は転がった自分のポシェットのベルトを左手で掴み、涼香に向かって叩きつける。
「ミ……ミ……ミ……」
涼香は全く怯む気配を見せず、真理の体の上をせり上がっていく。
「はあ……はあ……。意識が全くない。彼女の精神は完全に捕らえられているんだ。彼女に取り憑いているものは、涼香さんの意識を乗っ取るために、彼女に怖い幻影を見せて精神を弱らせていたのか」
涼香の顔が真理と唇が触れ合うくらいにまで近づく。そこで涼香は左右の腕をバラバラに大きく後ろに振り上げ、その反動を利用するかのような動きで上半身を起こす。
結果として馬乗りの状態でまたがられる格好になった真理は、身動きを取ることができなくなった。
「このチグハグな体の動き。たぶん彼女に取り憑いている霊はひとつじゃない。複数の霊が取り付き、彼女をマリオネットのように動かしているんだ。そうか! たぶん目的は……」
涼香は両手で包丁を構え、真理の前に掲げる。
「浅間さん!」
勢いよく飛び込んできた黒い影は、馬乗りになった涼香に体当たりをして、彼女の体を吹き飛ばす。白髪に白い肌、そして目鼻立ちの良い整った顔つき。
歩は吹き飛んだ包丁を確保し、真理を守るようにガードする。
「ミ……ミ……ミ……」
形勢の不利を感じ取ったのか、涼香は後ろに飛び退き、振り返ることなく後方に駆け出し、闇の中へと消えていった。
「浅間さん! 凄い血だ。早く手当をしないと!」
歩は腕の負傷に気づき、真理に駆け寄る。
「はあ……はあ……。私は……大丈夫。止血は自分でできるから。それより彼女を追って。彼女は数体の悪霊に取りつかれて、体を乗っ取られている」
「ええ、分かります。僕は視える側の人間なので。彼女に憑いていたのは低級霊だけど、数体どころか20体はいたかと。こうなると除霊も難しい」
「そんなに……。とにかく今は彼女を止めないと大変なことになる。悪霊は彼女を赤い女に仕立て上げて事件を起こさせようとしている。世間に赤い女の恐怖を植え付けるために。はあ……はあ……。そ、それを食い止めないと」
真理は顔色も悪く、肩で息をして苦しそうだ。歩は彼女を置いて行くことを躊躇する。
「お願い。はあ……はあ……。今はあなたしかいないの。推測だと駅の方面に向かっているはずだから、見つけたら私に連絡して。昨日の名刺は持っているよね? 私も少し休んだら向かうから。早く!」
真理の強い眼差しに、歩は覚悟を決めた。
「分かりました。見つけるのは得意なんです。僕の千里眼で」
歩は涼香を追って、彼女が消えた方角へと駆け出した。
歩が動いてくれたことに安心した真理は、痛む傷口からゆっくりと左手を外す。
そしてポシェットから生理用品を取り出し、震える手つきで、それ広げて傷口にあてがう。さらに予備のストッキングを取り出し、左手と口を器用に使って、その上にきつく巻き付けて圧迫し、止血をする。全ての応急処置が終わったところで指先をそっと動かしてみる。
「大丈夫。傷口は大きいけれど、深くはないみたい」
出血が多かったため意識が朦朧としかけるが、真理は「涼香を助けるまでは倒れるわけにはいかない」と自分に活を入れて立ち上がる。
「はあ……はあ……。私の推測の通りならあれで彼女を止められる……はず。彼女を見つけ出してね、天間君。頼りにしてるぞ」
真理はふらつきながらも、しっかりと地面を踏みしめながら駅の方向へと歩き出した。
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