第19話:エピローグ

 東京 高田馬場駅周辺の女神像方面から住宅街に向かって少し進んだところに、真理が行きつけのレトロな喫茶店がある。彼女が仕事をもらっている青空出版での打ち合わせの席で省吾に遭遇し、珍しく二人でこの喫茶店に出向いたのだった。


「今日は奮発して苺のショートケーキもプラスしよ。実はさ、別の出版社だけど、本を紹介するコラムの連載もらったのよ。まあ、原稿料は微々たるものなんだけど収入アップには変わりないじゃん。自分へのご褒美ショート」

「奮発したご褒美がそれってのも味気ねぇな」

「ちょっとした出来事でも感動できないなんて、人生の半分は損してるね」

「どう考えても限界生活のおめぇのが人生損してる率多いだろ!」


 店内はちょうど空いている時間帯だったためか、それほど待たずに二人の注文はテーブルに運ばれた。真理はレトロな緑色のクリームソーダに苺のショートケーキ、省吾は深煎りのブレンドコーヒーとホットドックだ。


「そう言えば、東 颯太は自首したらしいね。正式な弔いが済めば、自然と彼女の霊は離れて、あるべきところへ帰って行くでしょうね」

「結菜ちゃんも、今度高校生の写真コンクールに挑戦するんだって頑張っているらしいぜ」

「うん、都市伝説がいい方に作用してよかったよね。私、今回の話は記事にしないつもりでいるんだ。せっかく彼女が新しい一歩を踏み出したのに、騒ぎ立てて邪魔したくなくてさ」


 真理は大好物のレトロな苺のショートケーキをフォークで小さく切り取りながら、一口一口を味わうように口へと運ぶ。その様子を見ながら省吾は少し真剣な目で語りかける。


「おめえさぁ、ジャーナリストっての向いてないんじゃないか? まあ、オレっちも今回のを動画にするつもりはないけどよぉ。なんつうか、おめぇは周りを気にかけ過ぎているって言うか、ジャーナリストにしては優しすぎるのかな?」

「まあ、自分でもそう思うけどさ……」

「でもよぉ、それでもやりたい事ならできる限りは喰らいつくって姿勢はいいんじゃねぇかと思ったんだよ。生き方がロックつうかよ」

「ふ、ふ~ん。まあ、ありがとう……。何か照れるけどさ……」


 ふいに会話が途切れて、店内に微妙な空気が漂う。静かに流れるジャズのメロディーが、大人の雰囲気を醸し出している。


「そ、それはそうと、おめぇターボばあちゃんっていると思うか?」

「は?」

「神戸に移住した昔の仲間がよぉ、見たって言うんだわ。高速をバイクで80キロくらいで走ってたら、後ろから生身で走ってきた婆さんに追い越されたって」

「ないない! いるわけないでしょ! 100歩譲って、若いもんには負けない、走り屋の最速バリバリばあちゃんでしょ? 生身で80キロオーバーなんてありえない」


 真理は大きい身振りで完全否定の意思を示す。


「はあ? 妖怪みたいなババアならありえんだろうが?」

「飛んでるとかじゃなくて走ってるんでしょ? 妖怪だろうが何だろうが、をしているのなら、構造上80キロオーバーで走り抜けるなんてありえないの。人面チーターならまだあり得るけどさ」

「チーターに人間の顔が付いてる方がありえねぇだろうがよ?」

「ムカデに人間の頭付いてるの見たじゃん」

「あれは異界に入り込んだ幻視みたいなものでもあるって、おめぇが言ってたんだろうが。だから俺のムカデに噛まれた跡も消えたって」


 ヒートアップした二人の声は次第に大きくなる。店内の客はくだらない言い合いをしている男女二人に視線を移し、すぐに目が合わないように視線を外す。


「分かんないかなぁ? 生物的な構造を言っているんだって、私は!」

「チーターの体に人間の顔が付いてるどこが正しい生物構造なんだよ?」

「人面犬の仲間でいるかもしれないじゃん!」


 昭和にタイムスリップしたかのような、静かでノスタルジックな空気の漂う静かな喫茶店に、似つかわしくない男女の言い争いはいつまでも続いていた。

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