第14話:あやまち

「最初に確認しておきたいのだけれど」と真理が切り出す。

「この都市伝説が本当かどうかを検証するより先に覚悟を聞いておかなくちゃいけない。死者の魂に接触すると言うことは、それなりの危険を伴うものなの。生半可な気持ちでは行ってはならないってこと」


「はい。ご指摘、ごもっともだと思います。それでも私は兄に謝りたいのです……」


 突然の別れだった。いつも森のように優しく包みこんでくれる春人はるとは結菜にとって自慢の兄だった。それなのに突然の交通事故で帰らぬ人となってしまったのだ。

 彼女にとって何よりも心残りなのは、ケンカをしたままお別れになってしまったことだ。知り合ったばかりの友人の話。兄の助言が正しかったのに……。


「お恥ずかしい話なのですが……私は私設の写真同好会にも参加しておりまして、サークルの方達とお出かけをして、自然の景色を中心に撮影しておりました。

 そのサークルは若い女性の方が主催しておりまして、出入りも割と自由で学生の私も参加しやすいグループだったのです。

 その参加者はカメラ好きな女性の方が多いのですが、そんな中で社会人になったばかりというあずま颯太そうたさんという明るい男性の方と知り合い、親しくさせていただくようになりました」


「オレっちに言わせると、女性中心のサークルに入って女子高生に積極的に声かけるなんて出会い厨としか思えねぇけどなぁ」


「はい。私が世間知らずでした。兄にもその事を指摘されてケンカをしてしまったのです。そして、仲直りをする間もなく兄が事故で帰らぬ人となってしまい落ち込んでいました」


 結菜は一旦会話を切り、周囲を見渡してから話を続ける。


「これは本当にバカだと笑っていただいても結構なのですが、東さんから落ち込んでいる私が心配だから会えないかと連絡がありまして、話しやすいようにと個室のある飲食店へと誘われて付いていったのです」



 そこで東は学生だと知っているはずの結菜に強引にお酒を飲ませて酩酊させた。そして介抱すると言い訳をして、強引にホテルへ連れ込んだのだ。

 酩酊し、混乱した結菜の頭の中に、「危険だ」と忠告した、かつての兄の声が聞こえた。ギリギリで意識を強く持ち直し、東に断ってホテルを出ようとすると彼の態度が豹変した。


「はあ!? 優しく接っしてやればつけあがりやがって!」


 なにかに取り憑かれたように怒り狂った東は結菜を平手で打ち、ひるんだ彼女にさらに暴行を加えた。たまたま廊下を通りかかった清掃の従業員が声掛けをして部屋のドアをノックしてくれたのが良かった。東が体裁を整えている隙に、結菜は何とか逃げ出すことに成功したのだった。



「最低のクズだね。で、その後、彼とはどうなったの?」と真理が問いかける。


「はい。流石に未成年の私にした行為は罪が重いでしょうから、その後、冷静になった彼からは謝罪のメッセージが届きました。もっとも私が高校生活で不利になるから公言はしないほうがいいとの脅し付きですが。もうサークルにも行っていませんし、彼にもそれ以来会っていません。そんなことがあったものですから、もしも叶うならばどうしても兄にお詫びをして仲直りをしたいのです」


「都市伝説の件はオレっち達を頼りにして間違いないぜ。けどよう、電話ボックスなんて今は見ねぇだろ? どうすっかな真理浅間?」


 省吾はずらしてかけているイエローのサングラスをさらにずらして、真理の顔を覗き込む。


「ボックスより場所が重要なんだと思う。そこが異次元との壁が薄い黄泉比良坂。たまたま0時になると境の狭間が最も希薄になるのかと。イタコが声帯を通して死者の声を伝えるように、声を発信できるものがあれば何でもいいんだと思う。例えばスマホみたいな」


「私のスマートフォンでもよろしいのでしょうか?」

「そうだね。それでいいよ。お兄さんのアドレスやメールのやりとりなんかも残っているだろうし、そういうのが死者の道標になると思うんだ。後はボックスがあった場所は電話局に聞き出せばわかると思う。これでも取材は本業だからね。ただもう一つクリアしておかなくっちゃいけないことがあるの」


 真理は結菜を指さして続ける。


「深夜に何日か未成年を連れ出すことになるから、保護者の許可を取らなければいけない。そこで親御さんに会いに行きたいんだけど……」

「分かりました。私の家にご案内いたします」


 結菜は常識を外れた相談ではあったが、二人のこういったしっかりとしたところが信用に値すると思った。

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