第8話 女子って意外と

「待て。待てよ、待て」

「はあ」



取り敢えず住所以外の全てを春輝に話したところ、その本人は手を額に当て、ちょっとタンマと呟いている。

そんな春輝に俺は困惑の声を漏らし、先程から一言も言わない渚咲を見つめた。


しかしながら彼女も俺の味方をしてくれる様子はなく、ただただ俺をドン引きしたような顔で見つめている。



「優雨、それはない……………それはないわ…………」

「ご、ごめんって」



うわあ…………と言っている渚咲に、俺は返せる言葉もなく視線を逸らして謝罪の言葉を述べた。

そしてようやく意識が戻ってきたらしい春輝はその整った顔を引き攣らせ、俺を目を細めて見つめてくる。



「お前…………流石に見た目でわかるだろ。女子の特徴とか」

「……………………」

「…………は無理だとしても」



一瞬ちらりと雫に視線を移した春輝は、その後少し気まずそうに視線を逸らした。

隣にある断崖絶壁としか言いようがないそれを俺も一瞥してから、もはやブリザードの視線で見つめてくる女子二人から全力で顔を背ける。



「姫宮さん…………こいつら、多分一発殴っても文句言えないよ」

「…………はい、私もそう思います」



氷点下でもはや光が宿っていないそれを受け、春輝は慌てたように「オっ、オレが言いたかったのはそこじゃなくて!」と声を上げた。



「流石に肩幅とか、身長とかさ!わかるだろってことが言いたかったの!」



…………まずい。非常にまずい。

なんだか仁美さんのデジャヴを感じながら、今度は二人から三人へ、そして標的が一人に減ったこの状況をどう回避するべきか悩む。

「ご、ごめんなさい」と小声で謝った結果許してもらえたけれど、俺へ向けられる視線の厳しさは全く変わっていなかった。



「…………はあ。ほんっと、男子はデリカシーなくて嫌だよね~」



これ見よがしにため息をつき、雫に同意を促すように言った渚咲に黙りこくる男子二名。

こくりと頷いた雫に何も言えなくなった俺は、これ以上話が蒸し返される前にと口を開いた。



「とっ、とりあえず! 姫宮さんに対する二人の印象を聞きたいんだけど」

「え、そっから入るの? この状況で?」



思わずと言ったように口を開いた春輝を、渚咲の視線と二人がかりで黙らせる。

緊張したような顔で唇を引き結んでいる彼女に、渚咲は少し声を上ずらせながら発言をした。



「わっ、私はずっと話してみたいなあって思ってた、かなあ………」

「ほ、ほんとですか!?」



その瞬間、コンマ数秒の隙も空けず、ガタリと音を立てて雫が立ち上がる。

しかしすぐに店内の視線が集まったことに気づき恥ずかしそうに座り直すと、ほおを紅潮させながら渚咲に話しかけた。



「あ、あの。さっき言ってたこと、本当ですか?」

「えっ、うん! もちろん!」

「渚咲、そんなこと言ってたか?」

「おい優雨、それオレでも覚えてるぐらいよく言ってたぞこいつ」

「ダメだよ春輝、聞いてそうで聞いてないのが優雨の特技なんだから」



つまり、『こいつはいつも話聞いてないから』と翻訳された言葉に対し、俺は眉に皺を寄せながら一言物申す。



「さすがに俺だって人の話ぐらい聞いている」

「…………ふうん?」



しかし、春輝と渚咲に言った言葉に反応したのは、隣にいる雫で。 

「そうなんだ?」といつも通り……………けれど妙に綺麗な笑顔を浮かべた彼女に、俺はここ最近の記憶を思い返していた。



「最初の日、名前を名乗った次の日に私の名前を聞いたのは誰だっけ?」

「………俺です」

「最近はオーソドックスなのじゃなくて次郎ブレンドがいいって言ってたのに、その日何も知らないような顔でいつもの奴出してきたの誰だっけ?」

「………………俺です」

「これ見よがしに学校の制服のデザインすごい似てるねとか言ってるし、その上一年ぐらい前からずっと一緒にいたのに、去年も今年も同じクラスの私がわからなかった人、誰だっけ?」

「………………………俺、ですね」



三つとも……………しかも三つ目の質問に対してはぐうの音もでず、俺はただただ首を垂れる。

ふう、とため息をつかれ顔を上げると「お前マジか」という顔をしている中学からの付き合い二人と目があった。


そしてそのうちの一人はにっこりと笑い、俺に先ほど言った言葉をもう一度繰り返す。



「ね、特技でしょ?」

「すみませんでした」



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