第13話 執事、メイド、高校生
「はい、今日の1時間目は文化祭の話だ」
いつ見ても中学生程にしか見えないこーせーくんが声を上げると、HRを終えたばかりで騒がしかった教室がさらに騒がしくなる。
そもそも何で劇なんだよ!とどこからか上がった声に、こーせーくんは「あ、まだ説明してなかったか」と呟いた。
「―――――そもそもここ、桜が丘高校は、お前たちが知ってる通り、3年間クラス替えがない」
声を響かせたこーせーくんに、なんで今更そんなこと、と思いながらもクラスメイトは全員頷く。
だからどうしても毎回出し物は似たような感じになるだろ、と続けて言ったこーせーくんの言葉に、まあそれはという雰囲気が教室を満たした。
それを確認してから、「これは学園長側からの意向で」と言ったこーせーくんの声に、クラスの空気がピンと張りつめたのが分かる。
「――――――去年はカフェや喫茶店ばかりでつまらなかったので、劇を見て楽しみたいそうだ」
「「「「「「は?」」」」」」」
情報処理能力が追い付かず、俺たちは思わず声を上げる。
至って真面目な顔をしているこーせーくんに、束の間の沈黙が訪れた教室。
けれどそれも一瞬のことで、数秒静かだった教室は、一気にみんなの声で騒がしくなった。
「いや意味わかんないしっ! つまんないって何!?」
「ていうか学園長ってすごい真面目そうな人じゃなかったか!? そんなこと言う人じゃなくね!?」
「なんで
「文化祭なんて男子の執事服と女子のメイド服に加えて、今年はうちの制服着たこーせーくんで十分客集まるだろ!」
「いや、お前らが言いたいことはわかるが…………って、誰だ今俺が制服着ろって言ったやつ!」
最初は生徒だけだったはずなのに、何故かこーせーくんまでが参戦し始めたことにより、教室はさらにうるさくなる。
ギャーギャーと騒がしい中、春輝が首を捻らせて俺を見た後、微かに苦笑した。
「お前の叔父さん、相変わらずめちゃくちゃだな」
「……………それに関しては、心の底から同意する」
クラスメイトの男子によってブレザーを着させられ、その上結構だぼだぼで怒っているこーせーくんを横目に、俺は深々と頷く。
いつも柔和な笑みを浮かべているその人は、姉の弟である叔父―――――
類い稀なる、変人でもある。
そんなことを考えながら目を遠くしていると、春輝が小さく口を開けたのが見える。
どうした、と聞こうとした瞬間、パンパンと前にいた学級委員が手をたたく音が聞こえ、思わずそちらに顔を向けた。
「―――――ということで、2年B組の出し物は『眠り姫』で」
どういうことでだ。
思わず前にいる
「選んだセンスに下心しか感じない」と呟いた俺に、春輝と渚咲が同時に吹き出した。
クラスメイトであるそいつに一生懸命制止の意図を込めて見つめるけれど、前で仕切っていたそいつは俺と目が合うと、何故かバチンとウインクを返してくる。違うそうじゃない。
「それで————姫宮さん、何でもいいから、役をやってくれないかな?」
「……………わ、私?」
そりゃあそうでしょうね。
わかりやすすぎた流れだが、どうやら雫には伝わらなかったようで、突然の指名に目を瞬かせる。
「ええっと…………」
クラス中に視線が集まり、雫は最近崩れてきた表情で少し困ったような顔をした。
そして静かに辺りを見回して俺と目があった瞬間、何故か顔を明るくして前を向く。
………………嫌な予感がする。
少し教室がざわめいたのも束の間、雫はなんと爆弾を投下した。
補足をするのなら、並々と酒とオリーブオイルという名の燃料を投下したのち、満を持してダイナマイトを教室へと放り投げた。
「――――――優雨と、一緒なら」
そして
もちろん物理的じゃない、感情的にだ。
「「えっ」」
騒めく教室の中、頭を抑える俺、あんぐりと口を開けて固まっている春輝と渚咲、名案を思いついたとばかりに満足げな顔をしている雫がいる。
けれど騒めきの中、隣と前の二人から短い声が聞こえた気がして、俺は春輝に向かって首をかしげた。
「どうした?」
「どうしたじゃなくて……………」
「雫の奇行はいつものことだろ」
「姫宮さんのいつもの奇行は知らないけど…………ってそうじゃなくて」
何故か少し心配そうな目で俺の隣を見つめている春輝の視線を追い、俺は隣の渚咲を見る。
いつも元気なそいつの顔は、どこか強張っているように見えた。
「……………渚咲?」
「…………っえ、あ、な、なに?」
「いや、こっちがどうしたって感じなんだけど…………」
「な、なんにもないよ?」
そういった渚咲が無理やり笑顔を浮かべいるのが分かった俺は眉を寄せる。
けれど即座に俺の肩を抑えた春輝が首を振っているのを見て、俺は開きかけた口を閉じた。
「雫ちゃんとペアで何かやるんでしょ? 頑張ってね」と言った渚咲は何事もなかったかのように前を向くと、どこか寂しそうに笑う。
そんな渚咲に「俺は別にやる気はない」と呟くと、いつもの表情に戻った渚咲が唇の端をにやっと上げた。
「それはどうかな?」
「だから、俺は役なんてやらずに無難な大道具係とか、」
「―――――――じゃ、姫宮さんが眠り姫で、天照が王子様な」
「なんだって?」
否定しようとした今まさにその時に言葉をかぶせるように言われ、俺は首をぐるりと傾けて目を見開く。
頑張ってね、とガッツポーズをした学級委員男女二人組が去年の文化祭でくっついたことを知っている俺は、思わず顔を引きつらせて「おい」と声を上げた。
「俺は頼まれたって主役なんてやる気は――――――」
「優雨、一緒に頑張ろうね」
そういってキラキラと輝く笑顔で笑った雫に、俺はぐっと息をのむ。
「頼まれたってやる気は?」とニヨニヨと笑っているクラスメイト達を睨みつけて宣言をしたいはずなのに、なぜか言葉が出てこない。
ぐっと唇をかみしめる俺と、本当にうれしそうに笑う雫。
その後自分の勝手な都合と雫の気持ちを天秤にかけた結果、俺は負けた。
正確に言うと、これ以上ないほどワクワクしている顔をした雫に、負けた。
「……………勝手にすれば」
ぶっきら棒にそう言った瞬間、教室から歓声が上がると同時に春輝が斜めにしていた椅子が滑り、ガンッという音と共にそいつは頭を勢いよく俺の机にぶつけてそのまま倒れる。
みんなに爆笑されながら「オレはどうするべきなんだこれ」と死んだ目で呟いた春輝に手を伸ばし、俺はそいつの腕を掴んだ。
念のため刺激を与えないように慎重に手を貸しながら、俺は春輝の後頭部を見つめて口を開く。
「春輝、頭大丈夫か?」
「言いたいことはわかるけど、その言い方はやめて欲しかった」
俺が心配した結果、スンッと真顔になった半眼の春輝と目が合った。
――――――――――――――――――――――――――――――――
いつもお読みいただきありがとうございます。
もう一つの作品の都合もあり、『眠り姫』は9時からの投稿に変更となりました。
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