第14話 理想と現実

「やあ、王子様」

「蹴り飛ばすぞ」



授業が終わってすべての配役が決まった後、にやにやと唇の端を上げて俺を見てくる春輝を睨みつける。

それを笑って躱したそいつは、酔っぱらったおっさんのように肩を組んできた。



「いいじゃん、まさかの『眠り姫』の王子様ヒーローだってよ。ぴったしじゃん」

「どこがだ」



最終的に王様役に決まった春輝をべりっと剥がし顔をしかめると、同じく顔を緩ませた渚咲―――――ちなみに彼女は眠り姫を助ける仙女役だ―――――が口を袖で押さえながら笑みを浮かべる。

それを全力で顔を逸らして気づかないふりをしていると、「でも」と雫が声を上げた。



「なんで、私たちのクラスの演目が『眠り姫』に決まったんでしょうね?」

「「「え?」」」



肩を組んでいた春輝が、笑っていた渚咲が、動きを止めて笑顔のまま雫を見る。

それに気づかず不思議な顔をした雫は、そのまま言葉をつづけた。



「シンデレラとか、白雪姫とか、いろいろあるのに、なぜ『眠り姫』なんでしょう?」



(…………え、もしかして………知らない?)

(いや、さすがにそれはない……………よな?)

(でも雫のことだから…………ないと思いたい)

(すでに諦めモードになってんじゃねえよお前。気を確かにしろ)



最後に強烈な肘鉄エールを両サイド二人から貰った俺は、三人の中で代表して恐る恐る口を開く。

キョトンとした顔の雫は、『眠り姫』の名前は見る影はないにしろ、確かに「姫」というようなオーラを醸し出していた。



「その…………大変言いにくいのですが」

「うん」

「雫さん、あなた自身が『眠り姫』と呼ばれているのが原因だと…………思われます」



途中まではきちんと目を見ていたのだが、最後の最後で俺はそっと目を逸らす。

目に入った雫の手は震えていて、俺は申し訳ない気持ちと好奇心がせめぎ合った結果、雫の顔をちらりと伺った。


案の定、その顔は真っ青で血の気が引いている。


眠り姫、本人が知らない間に噂が広まっていた件。



「……………え?」

「「「デスヨネー」」」



やっぱり見なければよかったという顔をしている二人も、きっと共犯だ。






◇◇◇◇◇







「…………ありえない…………本当にありえない…………」

「現実はいつだって辛いものだよ」

「ぶっ飛ばすよ」

「人のセリフを取るな」



時は過ぎ、昼放課。

いつも通り購買に昼ご飯を買いに行った春輝と、珍しくそれについていった渚咲を待っているのも面倒なので、雫と俺は二人きりで屋上へと出た。


しかし顔をうつ向かせ、まだ何か思うことがあるらしい雫に声をかけると、涙目でギロリと睨まれる。

けれどその涙目のせいか華々しい見た目のせいか、はたまたどちらものせいか怖いとは言い難く、俺はまあまあと宥める役に再び切り替わった。



「……………はあ」

「引きずりすぎ」

「そうだけどさあ………。優雨には私の気持ちなんてわかんないよ…………」



まだ幾ばくか諦めきれていない様子の雫の頭に手をのせると、しっかり叩き落した後に言葉を返される。

叩き落された右手を抑えながら、俺は「まあ」と屋上のフェンス越しに街を見下ろした。


桜が『丘』高校というだけあって、やはり土地が高い分見晴らしがいい。



「俺は雫じゃないから、嘘でも『雫の気持ちがわかるから』なんて言えないな」



晴天の下の景色を見ながら俺がそういうと、雫は数秒の間の後にふっと笑う。



「優雨のそういう正直なところ、嫌いじゃないよ」

「俺は正直な男だからな。ということで雫の卵焼きが欲しいってことも俺は正直に言う」

「そこは我慢してほしかった」



羽衣くんと渚咲さんが来たらね、といった雫に「ひゃっほう」と小さく声を上げた。

そしてそのままフェンスから離れ、俺は屋上へとあぐらをかく。


同じく床へと座った雫は小さく欠伸をすると、そのまま不意に空を見上げた。



「『私の気持ちになって』、ね」

「どうした?」

「……………ううん。優雨って意外と現実主義者リアリストだよなあって思って」

「そうか? でも、割と雫もそっちの部類だと思うぞ」

「…………うん、そうかもね。……………理想を追いかけるのは、辛いから」



空を見上げた雫の顔が、なぜか泣いているように見えた。


けれどそれを見て手を伸ばそうとした一瞬の間には、いつも通りの雫がいて。

俺を見て「どうかした?」と首を傾げた雫に何でもないと返して、伸ばそうとした自分の指先をじっと見つめる。



(……………俺は今、なにを)



ぐっ、と息を詰める。

いつの間にか戻ってきたらしい春輝と渚咲が、雫と数言話した後、首を傾げて俺を見た。



「―――――優雨?なんか顔赤くね?」

「………別に」

「そうか?」



ふいっと横を向くと、いつも通りの顔をした雫がいる。



「優雨? 本当に大丈夫?」

「……………なんでもない。暑いだけだ」



そう、きっとこれは何でもない。



――――――泣いているように見えた彼女の涙を拭いたかった、なんて。

じわじわと熱を持つ頬も、いつもなら考えないことも。


きっとこれは、暑さのせい。

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