学校開放日という名の授業参観
第15話 卯月蒼夜という人
「今日はバイトないの? って、まあ
「一週間ぐらい休みを取ったんだ。まあ、その代わり明日からバリバリ働くけどな」
「そっか。じゃあまた明日」
「ああ」
ひらりと手を振った雫に手を振り返し、自身の部屋の鍵を回す。
ガチャリ、と音を立てて開いたそれを開き、俺は入ってすぐにある電気をつけた。
「―――――ただいま」
誰もいるはずがない部屋に、俺はいつも通り言葉を落とす。
つい癖で、と言い張るには、もう一年半の年月が経った。
あれからもう、一年半。
つまり母にも、もう一年以上会っていない。
「……………別のこと考えよ」
ふう、と息をついてテレビをつける。
別のこと、と考えた瞬間、今日の昼放課の……………雫の横顔が浮かんできて、俺は慌てて熱を持った頬を擦った。
「いや、あれは不可抗力というかなんというか、仕方のないことで。って、俺はいったい誰に言い訳を―――――」
「やあ、優雨くん」
「ひいぃ!!!」
トン、と軽く肩に手を置かれ、俺はびくりと跳ね上がる。
恐怖で表情がこわばっているのを自覚しながら、俺はゆっくりと振り返った。
「……………叔父さん?」
「蒼夜でいいよ」
予想外の人物に、俺は目を見開いて固まる。
何故入ってこれたのだろう、というあまりにも素朴な問いの答えは、「そもそもこの部屋を貸してくれているのは叔父である」ということに簡単にたどり着いた。
「合鍵ですか?」
「まあね。さすがに契約者がカギを持ってないのはやばいでしょ」
ふふ、と笑う蒼夜さんに、俺は口を小さく開けたまま頷く。
「優雨くんの百面相もしっかり見させてもらったよ」といった言葉に、俺は自分の顔に一気に熱が集まったのを自覚した。
―――――俺の叔父、卯月蒼夜は、俺の通っている桜が丘高校の学園長である。
34歳という比較的若い年齢でその位についたその人は、俺にこのマンションの一室を貸してくれている人でもある。
けれどそんな叔父に会うのは一年半……………つまりこの部屋を俺に引き渡したときぶりであった。
「びっくりした、って顔してるね、優雨くん」
「…………まあ、はい、そうですね」
学園長という職業柄、叔父は物腰が柔らかい人だ。
そしてどこか優美さを感じる動きは、なるほど確かに実力者だ、と思わせる風格がある、けれど。
彼はなんというか―――――驚異的に『若い』。
こーせーくんのように、決して幼いわけではない。
幼くはない、そして若作りをしている感じでもないのに、なぜか『若い』という言葉がしっくりくるのだ。
つまるところ、アラサーどころかもうすぐで30代後半になるはずなのに、どう見ても20代前半にしか見えないルックスを持っている。
「蒼夜さんは…………お変わりないようですね」
「他人行儀だなあ」
すっと目を細めた叔父は、きっとこの言葉が苦し紛れに出たものだとわかっているのだろう。
けれどそんな彼は一転して顔を明るくすると、その整った顔で満面の笑みを浮かべた。
「―――――優雨くん。この日々退屈な日常の中に、刺激が欲しくないかい?」
「欲しくないです」
欲しくない。もとい、いらない。断固拒否。
そう思いながら首を振った瞬間、蒼夜さんは何とも美しい笑顔を浮かべた。
…………嫌な予感がする。
なぜ俺の周りは、揃いも揃って俺の座右の銘を壊そうとしてくるのだろう。
「そうかい、やっぱり欲しいかい」
「俺の話を聞いてください」
そして揃いも揃って人の話を聞いてくれない。
スンッと真顔になった俺と対照的に、叔父はにこにこと笑顔を浮かべたまま続けた。
「学校開放日をね、開こうと思うんだ」
「―――――学校開放日?」
学校。それはわかる。学校、つまり蒼夜さんが今指し示すのは高校である。
開放日。それもわかる。そのまんま。誰でも入れるように………まあ、生徒の親でも入れるようにする日のことだ。
「学校開放日……………って、あれですか? 小学校とか中学校とかで時々開催していた、あの」
「小学校や中学校だけでしか開催しないなんて誰が決めたんだい?」
先手を打とうとしたつもりが、逆に王手にかけられた。
ぐっと息をのむ俺とは対照的に、蒼夜さんは笑みをさらに深くする。
学校の、開放日。
―――――合わせて学校開放日。つまるところ簡単に言えば『授業参観』という奴である。
小中学校の9年間、年に2度ほど……………及び大体の学校では5月ほどに一回目が開催される、『アレ』だ。
そしてそれは、中学校を卒業してから約1年半、ご無沙汰していなかった名前でもある。
「じゃあ、これは会議で決めたことだから! 楽しみにしててね」
「は?」
口を開けてフリーズした俺の耳には、ガチャリというドアの閉会音だけが妙にはっきりと聞こえた。
◇◇◇◇◇
「学校開放日を、いきなり実施するか……………?」
誰もいなくなった中、俺は静かな部屋でぽつりとつぶやく。
思考に集中するため顎に手を当てると、それだけで脳内がクリアになった気がした。
…………そもそも、学園長である蒼夜さんが「やりたい」といったからといって、何でもかんでもそんなに大きいイベントごとを開催できるほど、高校という場所は甘くない。
それならば、その「学校開放日」というイベントには、それをやったら何かに利益が出る…………メリットがあるということだ。
例えば――――――文化祭。
約一カ月後にあるそれの名前が、俺の頭に浮かび上がる。
きっと何らかの理由があって開催するのだろうけど、俺にはあの頭が回る…………そして腹の中が読めない叔父の考えていることなんてちっともわからない。
「まあ、為せば成るって言うしな」
諦めてそう呟くと、俺はぐっと伸びをした。
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ごめんなさい普通に塾行ってて更新できませんでした。
明日からは予約投稿します。
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