第16話 第468回授業参観をどう乗り越えるか会議

「はよ、優雨」

「ああ…………おはよう」



蒼夜さんの例の宣言の翌日、俺は少しげっそりした顔をしているのを自覚しながらも声…………春輝の方を見る。

雫と渚咲が話しているのを見ていたらしい春輝は、今度は俺の顔を見てぎょっとしたように後退った。



「お前、どうした」

「……………いや、なんでもない」



首を横に振り、俺は小さく息を吐くと同時に席に座る。

ぐっと伸びをした俺の横を通った春輝は、そのまま自身の席について俺を見上げた。



「ところで、優雨。なんか最近つまらないからさ、刺激欲しくね?」

「欲しくねえ」



デジャヴだろうか。

そう思ってしまうほど同じ絵面の応答をした後、俺ははあとため息をついた。



「そもそも、刺激ってどういう感じの?」

「ほら、姫宮さんと優雨の熱愛報道並みの」

「次その言葉言ったらぶっ飛ばすからな。…………まあ、でもあるな。刺激」

「え、マジ? とうとう付き合った?」

「よし歯食いしばれ」



ガタリと音を立てて俺が立ち上がると、焦ったように手を上げた春輝が「嘘です冗談ですごめんなさい」と降参ポーズを取る。

それでもなお立ち上がったままの俺の姿を見て、春輝はダラダラと冷や汗を流しながら俺の顔を指差した。



「とにかく! なんか新しい出来事が欲しいってこと!」



その言葉を聞いて座った俺を見て少しは安心したのか、春輝が腕を下ろしてホッと息を吐いたのが見える。

けれど俺は、そんな春輝に少しだけ………そう、少しだけ遠い目をして言葉を返した。



「そんな春輝にいい知らせだ。…………一週間後、学校開放日をするらしい」

「…………はは、またまたご冗談を」

「残念ながら本当だ。多分帰りのHRで発表されるぞ」



優雨でも冗談なんて言うんだな、と言った春輝の顔を真顔で見返す。

最初はぎこちない笑顔でも笑っていた春輝の顔は、どんどんと真っ青になり遂には笑顔とも言い難い状態になった。



「…………マジで? 学校開放日って、あの?」

「そう、あの学校開放日だ。…………授業参観という名のな」

「うっそだろ」



絶句した春輝が、引き攣った顔で呟く。

残念ながら本当だ、と言った俺の目に入ったのは、酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせている春輝の姿だった。



「―――――作戦会議だ」



渋い顔でそういった春輝に、何も聞こえていなかったらしい雫と渚咲はこてりと首を傾げた。







◇◇◇◇◇







「オレ、エスプレッソでー」

「じゃあ私カプチーノ」

「私はいつもの」

「はいはい」



三人から一斉に飛んできた注文をメモに書き、それぞれに合う豆を棚から探しだす。

そんな俺たちをにこにこと見つめている仁美さんたちに、俺はぺこりと頭を下げた。



「すみません、騒がしくして」

「いいのよいいのよ、最近は静かでつまらないと思っていたところだもの。優雨くんと雫ちゃんも、久しぶりに会えて嬉しいし」

「…………」



そう言って微笑む仁美さんと、無言で頷く次郎さんに苦笑する。

街とは少し離れているこの店がずっと黒字で営業していられるのは、きっとこの人たちの人柄が大きいのだろう、というのがなんとなく分かった。


次郎ブレンドを少量煎りはじめ、俺は小さく息をつく。

いつもは落ち着いた雰囲気の店内は、桜が丘の制服がある場所だけ騒がしい―――――といっても周りの人たちにも配慮しているけれど、いつもよりは賑やかだ。



「ほい、エスプレッソとカプチーノ、あとカフェラテな」



微かに湯気が立つそれをボックス席にことりと置き、俺もエプロンを脱いで席につく。


……………一応休憩はもらっているけれど、最近は少し休みすぎな気がする。

給料をもらっている分、きちんと働かないとなと気合を入れながらも、とりあえず俺は今やるべきことに意識を戻した。


神妙な顔をした春輝の視線の先には、帰りのHRで配られたばかりの一枚の紙―――――学校開放日について書かれたプリントがある。

そのあとすぐにキリリと顔を引き締めた春輝は、わざとらしく真面目な顔を作って口を開いた。



「―――――では。第468回授業参観をどう乗り越えるか会議を始めます」

「そ、そんなにやってたんですか…………!?」



春輝の声に驚愕の表情を浮かべた雫に向かって、俺と渚咲は「あいついつも回数適当だから。一回目だから」と付け足しをする。

「一回目じゃねえし!」といった春輝をしっかりと無視させてもらってから、俺は春輝を胡乱な目で見つめた。



「しかも、どうするもこうするも。親に素直に伝えるのがベストだと思うぞ」



俺が顔を顰めてそう言うと、渚咲も呆れたような顔をして頷く。

ただ一人だけが春輝と同じく神妙な顔をしているのが気になったが、俺はとりあえずもう一度春輝に向き直った。



「お前、別に家族仲悪くないだろ? むしろ、良いくらいじゃないか」

「……………そう、良いんだよ。その良すぎるのが問題なんだ!」



うああああ、と小さく呻き声をあげた春輝に、俺と渚咲は中学時代の記憶をやっと思い出し、ああと苦笑いする。


確かに、中学校の時も合わせると「一回目」ではない。


そんな俺たちを見た後に雫が首を傾げているのを確認すると、春輝は机に突っ伏したまま、へにょりと眉を下げた状態で口を開いた。



「―――――オレの家、実は8人家族なんだ」






―――――――――――――――――――――――――――――――――――




いつもお読みいただきありがとうございます。

金曜日なので(?)ちょっと早めに投稿です。

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