第17話 諦めは肝心
「え、そうなんですか? すごいですね」
「まあじいちゃんばあちゃんも入れてだけどな」
思わずといったように零した雫の言葉に、春輝がさらりと応答する。
けれど、「それのどこがいけないんだろう」と言いたげな雫の姿にそっと目を逸らすと、机の上に置きっぱなしだったプリントのある一箇所を指さした。
『各世帯・家族で、人数などの制限はございません』
…………そう、これこそが唯一であり、そして最大の問題でもある。
中学校時代の三年間、何があったか知っている俺と渚咲は、春輝と同じく雫から目を逸らす。
ふう、と落ち着けるように一つ深呼吸した春輝は、重々しく口を開いた。
「―――――俺の家、全員来たがるんだよ」
「…………ど、どこにですか?」
察しがいい雫は何となく答えが分かりつつあるのだろう、春輝から絶妙に視線を合わせないようにしている雫がいる。
それに対して、魚が死んだような眼をした春輝は、顔を覆って天を仰いだ。
「授業参観……………」
「「「ああ……………」」」
その核心的な言葉を聞いてしまった以上無視することができなくなった俺たちは、これは長丁場になるぞとため息をついた。
◇◇◇◇◇
そもそもの事の発端は、約四年前に遡る。
中学校一年生、当時も授業参観というもはや伝統的な文化があったため、同じく一週間ほど前に資料が配られた。
それは小学校の頃に配られたものとはあまり変わり映えのないもので…………だからこそ、当時の春輝は見逃した。
『人数制限はありません。是非お越しください』
という小学校の時にはなかった一文が付け足されていたことを。
そして、春輝が気づかずに出してしまったそれを見た家族たちは思った。
(あれ、これ家族全員で行けるじゃん)
と。
これがそもそもの発端である(春輝談)。
そして当日。
しっかりと『参加』に丸を付けて提出されたそれの通り、春輝の家族は大人数できた。
けれど、大人数だとしても、どこに家族全員で授業参観に来る人たちがいるのだろう。
と思ったら春輝の家族である。
しかも、兄一人、姉二人、弟一人、父母祖母祖父、大集合であった。
『こんにちは、春輝の姉です。あ、春輝の担任ですか? ちなみにご結婚はされてます?』
『春輝の祖父です、いやあうちの孫は本当にいい子で家の手伝いを………』
『君が優雨くんかい? 僕は春輝の兄なんだ。いつも春輝と仲良くしてくれてありがとう!』
『羽衣春輝の母なんですが、ってちょっと春輝! こんなに可愛い子クラスにいたの!? 名前はなあに? 渚咲ちゃん? こんな息子でいいなら末永くよろしくしてもらえないかしら…………?』
春輝の家族は何がすごいかというと、全員癖が強い。
そしてそんな怒涛の勢いに飲み込まれしっちゃかめっちゃかの教室の中、顔を赤くしてプルプル震えていた春輝が、町中に聞こえてしまうのではないかという大声で叫んだ。
『お前ら…………今すぐ帰れええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!』
「―――――…………っていうことが、中学校の三年間ずっと続いてるんだ。もはや春の風物詩だな」
「友達の一大事を勝手に風物詩にするなよ……………」
マジかお前、と春輝がつぶやく。
でも毎年恒例行事だよねえ、と続けて言った渚咲に少しだけ泣きそうな顔をした春輝は、パチンと手を合わせて必死に懇願してきた。
そしてその勢いのまま「お前らだって毎年そんなんじゃ嫌だろ!?」と叫んだそいつに、俺と渚咲はちらりと視線を合わせ、そしてまた春輝へと戻した。
「いや、俺たち…………」
「もう慣れちゃったから…………」
「裏切者ぉ…………!!」
「「いやそもそも味方じゃないから」」
なあ………!? と訴えかけてくる春輝に、これだけは主張させて貰わないとと右手を上げて伸ばされた手を突き返す。
それをキョトンとした顔で見ていた雫はしばらく小さく口を開いてそれを眺めていたけれど、やがて我慢できないというようにふふ、と笑いだした。
「なんだ?」
「いや………ふふっ………あまりにも羽衣君が可哀想なものだから………ふふふっ………ごめんなさい、笑っちゃいけないってわかってるんですけど…………」
「…………そうか」
小さいながらも笑い声をあげ、楽しそうにする雫の顔をじっと見つめた後、静かに目を逸らす。
そんな俺の顔をチラリと見て、今度は渚咲の顔を伺った春輝は少しだけ眉にしわを寄せたけれど、すぐに神妙な顔に戻った。
「―――――なあ、オレは結局どうしたらいいと思う?」
「「「諦めは肝心(だと思います)」」」
「だよなあ……………」
俺らの言葉を聞いた春輝は、まるで死刑宣告を告げられた時のような顔をしていた。
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これから9時に投稿しますとか言っといて一回しか投稿してない人間はこちらです。
…………すみません。
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