それぞれの前日1 羽衣春輝・柊渚咲
何となく眠れる気がしなくて、パラパラと漫画をめくる。
いつもなら面白いと思えるはずのそれは、何故かちっとも頭に入ってこなかった。
…………いや、理由なら一週間前からわかっているのだ。
「最悪だ」
何が最悪かって、…………まあ、寝れないこともそうだけれど。
それでも一番の理由は、オレの家族は『オレが想像した最悪のシミュレーション』を毎年軽々と越えてくることだ。
しかもオレだって毎年「最悪」は更新されているのに、それ以上の速度であっちが進んでいくのだから手に負えない。
はあ、と吐いたため息は、まだ肌寒い春の夜の空気に溶けた。
「…………明日、大丈夫か?」
思わず、誰もいない空間に問いかけるような言葉を発する。
もちろん、一つ目は授業参観。
そして、二つ目は渚咲のことだ。
渚咲は相手のためを思うあまり、少し自分の感情を蔑ろにするきらいがある。
ぎっ、と僅かに音を鳴らしながら、もたれ掛かっていたいた椅子から立ち上がった。
そのままベッドへと転がって、優雨が関わった時にだけ見せる渚咲の顔を思い出す。
―――――中学校の卒業式の時の優雨を見たとき、オレは心底怖かった。
優雨が怖いんじゃなくて、もしあの状態のあいつを一人にしたとき、どこかに消えてしまいそうで、それがずっと怖かった。………………それは、きっと今も。
優雨のあんな顔はオレだって二度と見たくないし、させたくない。
けれど―――――渚咲はきっと、オレとは違う意味で優雨を大切に想っている。
彼女が、中学の時からオレの親友に想いを寄せているのは知っていた。
わかっているけれど―――――と、そこまで考えたところで、チクリと胸が痛む。
「…………やめよ」
明日は、きっといつもの何倍も体力を消費する。
早めに寝るに限る、と自分に言い聞かせながら、オレは冴えきっている脳みそを無理やりシャットダウンするため、ゆっくりと瞼を閉じた。
◇◇◇◇◇
「……………寝れない」
夜の11時、いつもより早めに寝ておこうと10時にベッドに入っていたはずが、明日に緊張したことが逆効果になっているのか、結局一睡もすることなく一時間だけ無駄にしている。
このまま眠りにつくのを待つか、少し散歩をするか。
パチリ、と目を開けてどうするか一瞬考えた後、私はゆっくりとベッドから起き上がる。
恐らく私はもう寝ていると思っていたのだろう母たちは、一階に降りてきた私を見て驚いたように目を瞬いた。
「渚咲? こんな時間にどこか行くの?」
「うん。ちょっと散歩に」
「危なくない? 明日は授業参観なんだから、早めに寝るんじゃなかったの?」
「大丈夫だよ。ちょっと散歩。すぐに戻るね」
まだ心配そうに見てくる両親に「心配しないで」と言ってひらひらと手を振る。
ガチャリ、と静かに開けたはずのドアの隙間から吹いてきた風に首を竦めると、私は持ってきた上着を軽く羽織った。
春は暖かいというけれど、さすがに夜は肌寒い。
近所をゆっくりと歩きながら、私は考えを整理するために声を発する。
「…………明日、大丈夫かな」
授業参観の参加を決める紙は、当日の朝までだ。
それでもほとんどの生徒はそれを出していて、私も三日前ほどにすでに提出済み。
だから、私が心配してるのは自分のことではない。
―――――優雨はきっと、まだあの紙を出していない。
中学からの付き合いだけど、それでもわかる。
中学校の卒業式が行われたあの日―――――何かに追い詰められたような、今にも泣きだしそうな子供のような顔をしていた優雨の顔を、今でも時々思い出す。
あの日、何があったのかは私たちは知らない。
けれど彼と彼の母との間に何かがあったのは誰が見ても明らかで、それでも大丈夫とは決して言えない彼の姿に、私と春輝は同じ高校だったことを心の底から安堵したものだ。
―――――けれど、もし。
もし彼が、またあの日と同じような顔をしてしまうのならば、と考えると、今でも寒気がする。
私は優雨に二度とあんな顔をしてほしくないし、きっと再び私自身が見るのも耐えられない。
けれど、彼を救うことができるのが私じゃないのならば―――――
「…………やめた」
まだ、諦めるには早い、と。
そう自身に言い聞かせるように呟いて、私は早く眠りにつくために家へと身を翻した。
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