第25話 オレじゃないから〈春輝〉

保健室に行ったはずの渚咲が校舎の外へ走っていくのが見えたオレは、ピタリと足を止める。

その際に一瞬光ったものが見えた気がして、オレは隣にいる兄を振り返った。



「ごめん、兄貴。俺ちょっと忘れ物」

「ん、気を付けてね」



ひらひらと手を振った自身の兄に少しの罪悪感を感じながらも、オレは小走りで走り出す。

けれど知らず知らずのうちにどんどん早くなっていくその足に、オレは思わず苦笑いをした。



(――――――考えすぎだ)



とは、思いたいけれど。


さすがに、と首を振りながらも、俺の脳裏には一つの金色のチャームが思い浮かんでいた。







◇◇◇◇◇







オレが急いで渚咲が向かっただろう場所へ走ると、そこには一人の少女が佇んでいる。

オレがゆっくりと立ち止まって少女の前に立つと、彼女はゆるゆると顔を上げた。



「…………渚咲」

「はる、き」



大粒の涙が彼女の頬を伝い、そして落ちていく。

ぼろぼろと泣いている彼女を見て、オレは何を言っていいのかわからずにただ立ち尽くした。


優雨だったら、何か気の利いたこと一つぐらいはできるのだろうか、と考える。

ここにいるのが、優雨だったら。

『渚咲が好きな』、優雨だったら。



「………春輝。私、諦めないといけないんだ」

「……………何が」



問いかけたはずの声が、擦れて喉につっかえた。


なんで泣いてるんだとか、なんでそんな風に笑うのだとか、色々聞きたいことはあるのに、声が出ない。



「優雨はやっと、見つけたんだよ」

「だから、何がだよ!」



やっと声が出た、と思うけれど、それは虚しいほど無意味な言葉。


『何が』なんて、とっくにわかってる。『どうして』なんて、何度も見てきた。

きっとそれは、ずっと渚咲がなりたかったものだから。


そしてそれは。



「私じゃなかった! 優雨の見つけた人は、私じゃなかった!」



やっぱり、という気持ちがある自分に、罪悪感を抱く。

自身の親友にとって初めてできた「特別」は、彼女じゃなかったのだと。


ずっとずっと彼女が願い求めていたその場所は、渚咲ではなかった。



「――――――私じゃ、なれなかった!」



涙がまた、零れ落ちる。


夏のシャツに落ちたそれは、あっという間にシミを作った。

いつから泣いていたのだろう、いくつものシミのある制服に胸が痛んだ。



「……………私、何が悪かったのかな。何がダメだったのかな」

「違う、渚咲は何も、」

「でも! でも私は、優雨の「特別」になれなかった!」



踏み出した足をとどめ、オレは小さく唇をかみしめる。

それを見て渚咲は顔をくしゃりと歪めると、「…………優雨」と小さく親友の名を呟いてしゃがみ込んだ。



「好きだよ、優雨。私を見て。私のこと、見てよ。………………それだけで、いいから」



渚咲の涙なんて、渚咲が泣いてるところなんて、オレは見たくない。

そんなことはわかっているのに、泣かせたくないのに、その涙を止められるのはオレじゃない。


オレにはできない。


渚咲が好きなのは、オレじゃないから。

————渚咲が好きなのは、優雨だから。



「知ってるよ。『それだけ』は本当はそれだけって言えるほど簡単じゃなくて、見て、見てもらえることのほうが難しいって、わかってる。………………きっと、それこそ『奇跡』なんだ」



奇跡、という単語に、俺が小さく肩を揺らすと、彼女は「ごめん、また困らせちゃったね」と言って立ち上がる。

その手に金色の鍵のチャームが強く握られているのが見えて、俺は小さく唇をかみしめた。


その片手で収まるようなチャームのジンクス。

それを「くだらない」と笑い飛ばすには、きっと俺たちはもう遅すぎた。



「じゃ、いこっか。授業始まっちゃう」



そう言って空元気だと目に見えてわかる笑顔の渚咲を見る。

それに「先行ってて。手洗ってから行く」と笑った俺に、渚咲もまた笑顔を見せた。



「うん、わかった。遅れないようにね」

「おー」



遠ざかっていく背中に手をかざし、そんな自分に苦笑いをする。

そのまま水道場へと行くと微かに濡れている地面に、きっと誰かが先に使ったんだろうなとぼんやりした頭で考えた。



ジャー、と水が流れる音が、俺の思考を妙にかき乱す。



「なあ、渚咲」



小さく呟いた声は、きっと彼女には届かない。




—————この気持ちが、きっと君のいう『友情』を壊してしまうだろうということは、わかっているのだ。


例え、君が求めている友情じゃなくても。

例え、君が偽物の友情が嫌いでも。


—————でも。



「好きだよ、渚咲。…………ごめんな」



この気持ちを決して悟られないように、バレないように、絶対に隠し通してみせるから。


だから、この『好き』がいつか消えてくれるまで。

痛みを感じなくなるその日まで、どうかこの気持ちを持つのを許してほしい。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




いつも読んでいただきありがとうございます。

次の更新は金曜日ごろとなります。

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バイト先でいつも喋るやつに「友達になってください」と言ったら、次の日なぜか『眠り姫』に話しかけられた件。 沙月雨 @icechocolate

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