第9話 二人目、三人目

「雫ちゃんっていつもいい匂いするよねー。シャンプーとか何使ってるの?」

「えっと、別に特別なものは使ってないんですが…………。あっ、これです」

「ええ!これ一つ一つがめちゃくちゃ高いやつじゃん!」

「そ、そうなんですか? でも私は、渚咲さんの匂いの方が好きですよ」

「何!? この可愛すぎる生物!!」



渚咲が雫を勢いよくぎゅうううぅっと抱きしめると、雫は戸惑いながらも嬉しそうな顔をする。

そんな女子2人の様子を見て、俺と春輝はそっと目を合わせた。


—————俺をみんなで責めている間、どうやら俺以外の3人には仲間意識が芽生えたらしい。

雫は2人とも…………まあ、女子同士で話題が合うということもあってか、主に渚咲と仲良くなった。


そして俺はあれよあれよと渚咲によって押しやられ、結局いつも通り春輝の隣というポジションに居座っている。

ふわあ、と小さく欠伸をすると、春輝が顔を顰めて口を開いた。



「………お前、少しは噛み殺せよ」

「俺は我慢しないタイプなんだよ」



そんな小競り合いをしている間にも女子二人の会話は盛り上がっていき、またそれをみて俺たちの目は少しずつ悟りを開いていく。


————今日は男子の奢りだから、と冷たい目で言った渚咲に逆らうことができるはずもなく。

遠慮なく追加のパフェを注文する女子二人に、春輝は「どれだけ食べるんだ」と呟いた。


それを目敏く聞いた渚咲の視線が春輝に向かうのがなんとなくわかり、俺はそろりと立ち上がる。

不思議そうな顔をしている春輝に合掌をし、俺はトイレのほうへ歩いて行った。



―――――数秒後、ある一人の男の断末魔が聞こえたのは言うまでもない。










「————女子って思ったより食べるよなあ」

「お前そういうとこだぞホント」



会計をしながらブツブツと呟く春輝に、俺は肘鉄を食らわして黙らせる。

ご機嫌な渚咲に引っ張られている雫もやはり嬉しそうな顔をしているのをみて、まあたまにはこういうのも悪くないなと思った自分を少しだけ意外に思った。



「…………まあ、俺も少しは変わったってことかな」

「何が?」

「うわっ」



独り言のつもりで言った言葉が聞き取られたのだろう、後ろからひょっこりと顔を出した彼女に小さく飛び跳ねる。

雫と話していたと思っていた渚咲はいつの間にか春輝と談笑中だ。


それを見ながら、俺はそういえばと思い出して雫に話しかけた。



「良かったな、友達ができて」

「…………友達って、あの二人?」

「そうだけど。違うのか?」



その俺の問いに、少しだけ驚いたように目を見開き、前を歩いている二人をじっと見つめる。



「…………友達って言って、いいのかな」



ぽつりと呟かれた綺麗なソプラノの声が、不安に染まっているのが分かった。

否定されることが、拒絶されることが、何よりも怖い。


それがきっとわかってしまう俺は、「それは本人たちに聞くしかないんじゃないか」と思わず口を開いて答えていた。

それに毒気を抜かれたように口を開けている雫に対し、俺は小さく笑いを零す。


それでもまだ戸惑っている雫を一瞥し、俺は数メートル前を行く二人に声をかけた。



「お前ら、友達って誰がいる?」

「えー、オレ? クラスの男子だろー、こーせーくんだろー、優雨だろー、…………あー、あと―――――姫宮さん!」



いーち、にー、と指折り数えていた春輝が顔を上げ、弾けるように雫を見る。

それを聞いた渚咲が「私の方が先に雫ちゃんと友達になったから!」と春輝とやいのやいのと言い合っているのを見て、雫は黙りこくったまま立ち止まった。

そんな雫の姿を見て、春輝たちはぴたりと動きを止めると、視線をうろうろさせながら雫の目の前に立つ。


雫のアメジストの瞳に映っている二人の顔は、やけに緊張したような、不安なような…………悪いことをした後に叱られる前の子供のようだった。



「オレ達、もうてっきり友達だと思ってたんだけど…………なあ、渚咲」

「えっと、私もそう思ってたんだ、けど。…………ち、違った? 馴れ馴れしかった、かな?」



恐る恐るというように問いかけている二人の言葉に、雫は大きく目を見開いた後、くしゃりと顔を崩して笑う。

いつも学校では誰の前でも無表情を貫いている雫が自分の感情をあけっぴらにしている姿に、今度は俺達が驚く番だった。



「いいえ、…………違わない、です」



けれど、その一言だけを呟いた雫の顔が、宝物をもらったようにとても嬉しそうな顔をしていて。

二人ともそれに負けないくらい嬉しそうな顔をすると、空にこぶしを突き上げて何事かを叫んでいた。


それが何を言っているかはわからないけれど、相変わらず変なことをするそいつらに思わず笑う。

そのままやけに静かな雫の隣で歩きながら、俺は声が吸い込まれていった空を見上げた。



「友達ってさ、いつの間にかなってるもんなんだと思うよ」

「『友達になってください!』って勢いよく言ってきた優雨がそれ言うの?」

「台無しだよ」



せっかくいいこと言ったのに、と俺が言うと、俯いていた顔を上げた雫が「多分それ自分で言うセリフじゃない」と笑い、目を細める。

そんな雫を見て何となく頭を撫でたけれど、すぐに叩き落とされると思っていたそれは意外にもされるがままだった。



「………………友達、だって」

「ああ」

「私、友達出来たんだ」



自分の感情を整理するように、ぽつりと言葉を落としていく。

それは空気にゆっくりと溶けて行って、それが何故かもったいないと感じた。



「二人目と、三人目」

「…………何が?」



思わず訝し気に聞くと、雫はふっと笑って「友達」と一言だけ答える。

一人目は、なんてわかりきった質問をすることはしない俺は、中途半端な相槌を打って静かに歩みを進めた。



「優雨の一人目は、誰?」

「…………そんなんふつう覚えてるか?」

「これだから沢山友達がいる人は」

「俺は春輝程いないからな」



はあ、とため息をつく雫に俺が顔を顰めると、「知ってる」という言葉が返ってくる。

それはそれでなかなか失礼な言葉に思わず苦笑すると、じゃあ、と小さく呟かれた言葉が耳に入った。



「―――――一番、仲が良い人は?」

「………それは」

「なーんてね」

「…………春輝か、」



冗談っぽく笑った雫に、俺は少し考えながら言葉を紡ぐ。

春輝の名前が出てきた瞬間、諦めたように笑ったそいつに、俺は続きを言うために口を開いた。



「―――――雫かな」



そう言って俺が笑うと、雫は一瞬の間のあと嬉しそうに笑って。

それじゃあ私と優雨は大親友だねと言った雫にあえて否定せずにいると、春輝と渚咲が急かす声が聞こえた。


その声に俺達は前を向き、静かな沈黙…………けれど何故だか悪くないと思えるようなそれが場を支配する。


そんな中ふざけ合っている渚咲と春輝を見つめている雫に対し、俺は「ところで」と口を開いた。



「雫さん、俺との友達を辞める気は」

「これから学校でたくさん話しかけるから覚悟しててね」

「そんな覚悟したくなかったです」




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いつも読んでいただきありがとうございます。


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