第10話 こーせーくん
「おはよー! 雫ちゃん」
「おはようございます、渚咲さん」
朝から抱き着いている渚咲と雫に、俺と春輝はそれぞれ挨拶を交わす。
一つ一つを丁寧に返しながらも嬉しそうに笑う雫に、俺たちは思わず言葉を詰まらせた。
「渚咲…………美少女ってこんなに眩しいんだな」
「それは私が可愛くないってこと? って殴りたいところだけど今回は許す」
「殴られるところだった」
危ない危ない、と冷や汗を拭っている春輝と渚咲のいつも通りの会話に、俺は調子が戻ってくる。
ふふ、と笑っている雫を、目が潰れないよう三人ともなるべく直視しないようにしながら、俺たちはHRが始まるまで他愛のない雑談をした。
その一つ一つに笑顔を浮かべる雫に周囲の視線が集まるのを感じながらも、俺たちはあえて普段通りに過ごす。
10分弱のわずかな時間だけど、いつもより一人増えたメンバーは思ったよりも悪くないな、とふと思った瞬間、ガラリと扉が開いて人が入ってきたのが見えて、俺たちは慌てて席に座った。
「おい、お前ら早く席座れよー」
「こーせーくんだって座ってねーじゃん」
「俺は先生だっつってんだろ! てかいい加減「くん」はやめろ!」
「そういうとこだよこーせーくん…………」
ギャン!!と叫んだこーせーくん―――――もとい石川功聖『先生』は、揶揄い交じりに言った生徒に逆に苦笑いしながら窘められた。
―――――呼び名からわかるように生徒から親しみを持たれているこーせーくんは、校内でぶっちぎりの人気を持つ『先生』だ。
けれど先ほどの会話からわかるように言動が幼い…………若い…………若々しいところがあり、そしてなぜか日本史の先生なのに白衣を着ている妙な人である。
しかし、それだけではない。
朝からやいのやいのと言い合っている生徒たちを見ながら、俺の隣に座る渚咲が口元を緩めながら……………例えるなら弟を見るような目で、俺をつんつんと突いて顔を寄せた。
「ねえねえ優雨。こーせーくん、今日も絶好調のショタ顔だね」
「こーせーくん、マジで設定盛りすぎだよな」
少し低めの身長にショタ顔、年は25歳と比較的若い上に顔が整っており、猫が好きで独身。
渚咲が呟いた言葉に、今度は俺の前にいた春輝がニヤニヤしながらこーせーくんを見つめて、設定という名のポテンシャルを指折り数える。
「おいそこ誰がショタ顔って言った!」と叫んだこーせーくんは、鼻息を荒くしながら席に座った。
けれど165㎝という成人男性にしては低めの身長なので、椅子に座ると教卓のせいで顔が半分隠れてしまうことを気にしている、と聞いたのはどこだったか。
そして案の定ちょっとたじろいだ後に何事もなかったかのように立ち上がったコーセーくんを見て、所々から笑いが漏れた。
例に漏れずしっかりと笑わせてもらった俺達を一瞥してから、こーせーくんは不機嫌そうな顔を隠しもせずにチョークを持つ。
「今日は連絡があるから、しっかり聞いとけよ」と言ったこーせーくんの言葉に、教室はざわざわと色めき立った。
俺達の顔をぐるりと見渡して寝ていない生徒がいないことを確認すると、こーせーくんは黒板の方へ振り返り、音を立てながらチョークを黒板へと走らせる。
この時期だったらやっぱアレじゃね、とざわめく教室に、こーせーくんは最後の一文字を書き終わると、前を向いてよく通る声を発した。
「――――――さて、今年も文化祭の時期だ」
―――――文化祭。
普通は夏休み後に開催されるだろうそれは、うちでは6月の末と、かなり早めに開かれる。
それはイベントが多い桜が丘高校ならではの風習なのだが…………まあその分準備が5月から始まることもあって準備期間は減る。
だから各々の生徒が短期間でやれることをやりきった後、みっちりと3日間やるのがこの高校の古くからの伝統とされていた。
歓声が上がる教室に、「ただし」とこーせーくんが厳しい顔をしてもう一度チョークを持つ。
厳しい顔をしてもショタ顔のせいで可愛く見えてしまうのはご愛敬だ。
カツカツカツ、と音が響く中、角度的に黒板が隙間から見える生徒は、その文字を見て微かに驚愕の声を漏らした。
その反応を見て、こーせーくんがしてやったりというようにニヤリと笑う。
目立つように黄色いチョークを持っていた手をパンパンと叩くと、こーせーくんは「ここに書いてある通り」と声を張り上げた。
「二年生の文化祭――――――テーマは演劇。これは、全クラス共通だ」
その瞬間、同じタイミングで他クラスからも絶叫が響く。
近くの木にとまっていたホトトギスが、驚いたように羽ばたいたのが視界の端に見えた。
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