第5話 美男美女率が高すぎる

「優雨。ゆーうーくん?」

「うぜえ…………」

「なんか今日いつにも増してオレの扱い酷くない?」



ひらひらと手を振る奴に思わず舌打ちをしながら呟くと、目の前にいたそいつ—————羽衣はごろも春輝はるきは傷ついたような顔をして胸を抑える。


けれどそんなものが演技だというのはわかりきっているので無視をし続けていると、泣き真似をしていた春輝はさっさとそれをやめて俺の顔を覗き込んだ。



「みーちゃった、みーちゃったー」

「何を?」

「優雨が!あの『眠り姫』と一緒に登校してるとこ!」



その言葉に、教科書を淡々と取り出していた俺の手が一瞬止まり、斜め前の現在空席の場所に視線が向かう。


しまった、と思ったけれどそれを出さないように準備を続ける俺を一瞥して、春輝はスマホを手に持ちながら口元に弧を描いた。






—————あの後、俺たちはどうにか大勢の視線を振り切って校舎裏へと走り抜けた。

正直、あの夥しいほどの視線が背中に突き刺さる経験は今後二度と、一生、絶対に、したくない。


これまで走ったことのない速さで全力疾走し、肩で息をしている俺をちらりと見て、雫はのんきに「この後どうしよっか」と呟いた。



『どうもこうもない。俺とは学校で関わるな』

『えー、ヤダ』

『お前………』



ここまで肝が太いともはや感心する。

一周回って呆れ返った俺に、雫はまあ、みんながいる前では話しかけないからと言った。



『? どういう、』

『じゃ、私は寄るところに寄ってから教室行くね』

『頼むから俺の話を聞けよ』



もはや悟りを開こうとしている俺の声をいつものように無視すると、雫は何故か職員室の方へと歩いて行ったのだった。







「―――――なあ、優雨」

「ん?」



机を見ていつの間にか考え事をしていたらしく、俺は春輝の声で顔を上げる。

スマホをトントンッと軽く動作したのち、そのままそれを持っている腕を突き出してきた春輝に、俺は顔を顰めてその画面を見た。


じっと目を凝らしてみてみると、そこには一組の男女が手を繋いで走っている姿がある。

…………走っているといっても、男の方が女子に手を引かれている形になっているけれど。



「……………お前、やってくれたな」



ビキリ、と自身のこめかみに青筋が浮かんだのがわかる。

それでも辛うじて笑顔を保っている俺に、春輝はわざとらしい笑顔を作った。



「よかったな、優雨。友達が増えて」

「お前は友達なくせ、カス」

「やだなあ、基本的に人と関わろうとしない優雨だよ?百年に一回あるかどうかなのに」

「おいオブラート仕事しろ」



ニヨニヨと笑う春輝の肩を殴ろうと腕を伸ばす。

けれどそれは案の定軽くよけられて、俺は小さくため息を吐いた。




―――――次の瞬間、ざわついていた教室が一斉に静まり返る。

まるで図ったようなタイミングに、俺は目を瞬いて視線が集まっているドア付近を凝視した。



「―――――主役のお出ましだ」



ふっと春輝が笑ったのが気配でわかる。

それはおそらく俺を揶揄したものだったのだろうが、俺は春輝の『主役』という例に妙に感心を覚えていた。


主役眠り姫』と『エキストラ


まさに、とても的確な例えだ。


そんなことを思っている間に、『眠り姫』――――姫宮雫は無表情のまま自分の席へと一直線へ向かい、静かに椅子を引いて座る。

そしてその名前の通り、風で揺れるカーテンに隠れるように眠り始めた。


圧倒的な存在感と、目を離さずにはいられない魅力。


人を惹きつけてやまない彼女は、周りの視線を気にせずに眠り、また周りの言葉に耳を傾けることなく眠り続ける。



そして、ついた異名は『眠り姫』。



そして。


そんな『眠り姫』と、今朝一緒に登校したばかりのエキストラ―――――俺、天照優雨。

眠り姫から一転、一斉にクラスメイト及び廊下にいる群衆からも寄せられた視線に、春輝はひゅうと口を鳴らした。



「優雨、大人気じゃん」

「殴られたいのか?」






◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「……………疲れた。本当に疲れた」

「優雨、飯食おうぜ」

「お前の辞書に気遣いという言葉はないんだろうな…………」



ふうと息を吐き出した俺に平然と昼ごはんの誘いをかける春輝に向かって、俺は呆れた声音でそう呟く。

「ないね」となんとも眩しい笑顔で言い切ったそいつから、俺はそっと目を逸らした。

……………俺の周りは、美男美女率が高すぎる。


ぐっと息を呑んで目を眇める俺に、そいつは「今日も購買でいいか?」と聞いてくる。

ああ、と頷こうとした瞬間、ズボンからメッセージを告げる振動が届いた。



『昼、屋上ね』



端的に、けれど用件だけははっきり述べてあるそのメールを見る。

それに返事を返そうとしてスマホを持った時、俺の頭をある違和感がかすめた。



『…………おい。俺のメールアドレス、何で知っている』

『仁美さんから聞いた』



仁美さん!!

まさかの伏兵に心の中で大絶叫し、その勢いのまま机に肘を打つ。


一人で静かに悶絶していると、ふと目の前に影がかかって春輝が顔を出した。



「優雨、早くしろよ」



その言葉にはっとして春輝の存在を思い出し、『了解』と打ちかけていた手を止め、『一人増えるけどいいか?』と打ち直す。

数秒後、『ダメ』と即答されたメールを見て、俺は小さく苦笑いして待たせているそいつを見た。



「ごめん春輝、今日は先約…………ではないけど、他の人と食べる」

「え? あの優雨が?」

「どの俺だよ」



えー、じゃあ俺は誰と食べればいいんだよ、と言った春輝に向かい、「渚咲なぎさと食べとけば」と短く返す。

コンビニで買ってきたパンを取り出しながら教室を飛び出した俺に、春輝はドアから顔を出して聞いた。



「なあ、それって、そんなに大事なやつなの?」

「―――――レディーファーストだよ」



小さく悩んだ果てにそう言った俺に、春輝は意味が分からないというように肩をすくめた。








「―――――渚咲、早くしないと優雨が取られちゃうよ」



背後で様子を伺っている女子に向かい、オレは笑いを含んだ声で話しかける。

「気づいてたの?」と頬を膨らませたそいつは、少し寂しそうな目で優雨を見ていた。



「大丈夫だよ」

「……………大丈夫、ねえ。渚咲、全然大丈夫って顔、してないけど」



小さく呟いたはずの俺の声は、どうやら彼女に聞こえていたらしい。

静かに視線を落とした彼女は、今度は自分が揶揄う番だというように唇の端を上げた。



「そういう春輝こそ、優雨が取られて悲しんじゃない?」

「誰が。オレのかわいいかわいい優雨くんがどこの女に取られるか保護者として心配してるだけ」

「その割には、なんだか複雑そうな顔してるけど?」

「どこがだ」



ふふふ、と笑った彼女に向かい、「どうでもいいから早く飯食うぞ」と声をかける。

はいはい、と頷いた彼女がある程度遠ざかったのを確認してから、俺は小さく呟いた。



――――――そっちじゃないんだよ、と。




――――――――――――――――――――――――――――――



遅れて申し訳ありません。

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