第6話 眠り姫って何だろう

「遅いよ」

「それが放課になってすぐ呼び出された人間に対していう言葉か?」



呆れたように俺がそういうと、そいつは悪びれることもなく「うん」と頷く。

お前な、と言っていつも通り頭を小突いたとき、そういえばこいつは『眠り姫』だったのだと思い出した。


顔を逸らしながらじりじりと後ずさった俺に、彼………違った、彼女はこてりと首を傾げる。



「何やってるの?」

「いや、その…………心の距離?」



なに言ってるんだ俺。

雫を躱そうとするがあまり辺なことを口走った俺に対し、雫は悪戯をする前の子供のような笑みを浮かべた。



「えー、心の距離なら————このぐらいでしょ?」

「————は」



いきなり至近距離に迫った美少女の顔に目を瞬く。

陶器のように透き通った肌、艶やかな髪、長いまつ毛と、またそれで縁取られた大きな瞳。


吸い込まれそうなそれに、俺は思わずごくりと唾を飲み込んで視線を彷徨わせた。

正直、どこを見ても美の完成形としかいえないほどの造形美である。


一体、誰がこんな顔を作ったのだろうか。

もしも人の顔を司る神様などがいるなら、そいつがドヤ顔をして威張っているのが目に見える。

全くなんとも不公平な神様だ。ありがとうございます。


ふふ、と得意げに笑っている顔が視界に入らないように調整しながら、俺は静かに肩をぐいっと押した。



「…………雫。なんで俺をここに呼んだんだ」

「あ、そうだったそうだった。お弁当は持ってきたよね?」



ある程度距離が空いたところで、俺はようやく息をついてそれに小さく頷く。

購買で買ってきたそれを持ち上げて雫に見せながらあぐらをかいて座った。



「優雨。私たちって友達だよね?」

「ソウナンデスネ」

「友達だよね?」

「…………はい」



ぐっと近づけられた顔に、俺は自分から言い出したということもあって渋々イェスの答えを出す。

その答えに満足そうに頷いた彼女は、せっかく開けた距離を詰めて俺の隣に座った。



「…………で、何の話だ?」



さりげなく離れながら顔を向けると、雫は真面目な顔をして俺の顔を見つめる。



「————どうやったら、学校でも優雨に話しかけられるかな?」

「なあ、昨日の俺の話聞いてたか?」







◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「……………つまり雫は、学校でも話せる友達が欲しい、と」

「はい」



俺が今までの話を聞いてそうまとめると、雫は神妙な顔でこくりと頷く。

そこまで息を張り詰めていた俺は、思わず大きなため息をついた。



「お前、友達作ろうとしてないだろ!」

「そ、そんなことないよ!」



慌てたようにそう否定した雫を一瞥し、俺は顔を顰めてもう一度ため息をつく。

お前、学校で誰かに話しかけられても無視してるだろ、と言った俺の声を聞き、彼女は「うっ」と呻いた後そっと目を逸らした。



「おい」

「な、なに?」

「お前、なんか隠してるだろ」

「そ、そんなこと」

「雫」

「……………」



俺の無言の圧力から必死に逃げようとする雫の名前を呼び、じっとその綺麗な瞳を見つめる。

そこからじわじわと頰を赤く染めた雫は、何かを悔しげに呟いた。



「くっ、無駄に顔がいい………」

「なんか言ったか?」



首を傾げて疑問符を頭に浮かべた俺に「何にもない」と言うと、覚悟を決めたように小さく息を吸う。

胸に手を当て、けれどまだ諦めたくないように微かに俺を睨んだそいつは、やっぱり地面へと目を逸らして小さく呟いた。



「…………ひ、人見知りで」

「人見知り」



人見知りの眠り姫。

思わず頭の中で繰り返す。


目に見えて動きが止まった俺に、雫はむくれてお弁当に口を運んだ。

それを見て慌ててパンを口に突っ込みながら、じゃあと俺は口を開いた。



「授業中のペア同士の発表とかは」

「あがり症でして………」

「あがり症」



「ずっと寝てるのは」

「ただ疲れてるだけで寝てないよ」



眠り姫って何だろう。

悟りを開いた顔をして遠くを見た俺に向かい、彼女は視線どころか顔ごと逸らす。


気まずそうな顔でだし巻き卵を口に運ぶ雫を見た俺は、「つまり」と掠れた声を上げた。



「お前は友達がいらないわけじゃなくて………」

「むしろ欲しいんだよ!」



もうヤケになったように叫ぶ彼女を見て、俺は「あ゛ー」と頭をかいた。



「………………少し、だけなら」

「何が?」



小さくそう呟いた俺に向かい、雫は首を傾げる。

なんとも間の悪いそいつに顔を顰めながら、俺は最後のパンを突っ込んで言った。



「…………少しだけなら、学校でも話しかけてもいい」

「本当!?」



その瞬間、ぱぁっと顔を輝かせた雫に、俺はふうと小さく息をついた。



「本当に、少しだけだからな。人がいない時にしろよ」

「うんうん」



そう笑顔を浮かべながら適当に頷く彼女に、俺は一抹の不安を抱く。

けれど流石に大丈夫か、と。



—————そう思っていた自分もいました。




————————————————————


今日も遅れました

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る