第7話 は?
「————あ、優雨帰ってきた」
「ああ」
声を上げた春輝に、俺は小さく手を振る。
ちょうど食べ終わったのかゴミをまとめている春輝は、そいつの後ろの席に当たる自分の席に俺が座った時、不思議そうに首を傾げた。
「なあお前、会ってきたのってもしかして女子————」
「あ、優雨!」
春輝が言いかけた言葉をやや遮るようにした人の方を振り返る。
笑顔で手を振っているそいつに、俺は少し驚きながら名前を呼んだ。
「―――――渚咲。お前、本当に春輝と仲いいな」
「…………でしょ!」
一瞬の間の後、俺の肘を突きながらにっこりと返事をした彼女―――――
そしてそのまま後ろを向いたままの春輝に、「何か言いかけたか?」と首を傾げた。
「……………いや。何にもない」
「……………?」
何かを誤魔化すように笑った春輝に向かい視線を向けると、ふとその視線が渚咲の手で遮られる。
何事かと思ってそちらを見たとき、渚咲はパチンと手を合わせた。
「ねっ、ねえ、今日も帰りにスイーツ屋行こうよ! コーヒーも美味しいって評判だし!」
「ああ、今日なら別に————」
渚咲の誘いに、今日は別にバイトもないしと頷こうとする。
その瞬間、肩に『ポンッ』という音と共に手が置かれた。
「優雨、私も連れてってよ」
「は?」
空気に溶けてしまうような美しい声に、細く折れてしまいそうなしなやかな指。
眠り姫って爪まで綺麗なんだな、と現実逃避をした瞬間、春輝と渚咲の声が聞こえた。
「「は?」」
◇◇◇◇◇
「「「…………………」」」
死ぬほど気まずい沈黙の中、俺達は黙々と目的地であるカフェへと歩みを進み続ける。
恐らく目が死んでいるだろう俺をちらちらと伺う二名の視線を無視させてもらい、俺は隣にいる原因に視線を向けた。
「あ、あそこかな?」
しかしながらそいつは全くと言うほど空気が読めておらず、無邪気にカフェを指差す。
まさかここから逃げ出すわけにもいかずに、俺たちはそのままお通夜のような雰囲気でおしゃれな店内に入った。
「いらっしゃいま、せ………?」
明るい店内の中、出迎えてくれた店員さんが営業スマイルすらも凍り付かせている俺たちの雰囲気は、一体どうなっているんだろうか。
遠い目でそんなことを考え、案内されるままの席に着く。
その瞬間、春輝が小さく目を瞬いて「いや、いやいやいやいや」とブツブツ呟いた後、意を決したように俺————もとい俺たちを指差した。
「なんでお前………じゃなかった、貴方たちは隣同士に座ってるんだ、でしょうか?」
もはや日本語とは呼べないレベルで敬語が崩壊している。
そしてそんなことを思った瞬間、一拍遅れて春輝の言葉の意味を理解した俺は、慌てて自分の隣を見た。
「なんで雫、俺の隣に座ってんだよ」
「こっちのセリフだよ。優雨が後から座ってきたんでしょ」
「…………雫?」
「…………優雨?」
それぞれによって反復された言葉に、俺はダラダラと冷や汗を流す。
…………墓穴を掘った、かもしれない。
最悪だ、いつもならこんなミス絶対にしないのに。
それもこれも、全て隣に座っているこいつ————雫のせいだ。
思わずそうやって悪態をつくけれど、状況はどうやっても変わるはずはなくて。
ぐっと息を詰める俺に、何故か眉を寄せている渚咲とそれを複雑そうな目で見つめている春輝。
そして不思議そうに首を傾げる雫は、にこりと美しい笑みを浮かべて口を開いた。
「はじめまして、ではありませんね。姫宮雫と言います。色々あって優雨とは仲良くさせていただいていています。これからも仲良くしてくだされば嬉しいです」
そう言ってにこやかに自己紹介する雫に、「人見知りはどうした」とボソリと呟く。
「優雨の友達だから大丈夫」と謎理論をかましてきたそいつを、俺は半眼で睨みつけた。
それに対し舌をべっと出した雫に、春輝と渚咲が大きく目を見開くのが見える。
そして口を開けたり閉じたりしていた春輝が、どこか覚悟を決めたように俺たちを見据えた。
「なあ、優雨達は………いつ、どこで知り合ったんだ?」
思ったよりも、踏み込んだ質問だ。
予想よりもやや限定された言葉に唇を噛み締めて、まず言っていい情報と言ってはダメな情報を仕分けする。
家が隣…………はダメだろう、個人情報でもあるし。
それを言うとバイト先のこともそうだ。だけど…………これを言わなければそもそもなぜ知り合ったのかを説明しようがない。
なら、やっぱり最初から正直に話すしかない、か。
「まず————俺が、雫のことを男だと思っていて」
「「は?」」
そして、俺が序盤中の序盤の説明をした時、本日2度目の『は?』を頂いた。
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