第2話 不毛な争いと口喧嘩

「か、え、れ!」

「い、や、だ!」



街からはずれた小さな喫茶店の中、睨み合う二組の男女がいる。

なぜこんなことをしているのかと思いながらも、俺は引くわけにはいかなかった。



「ここは姫宮さんが来るところではありません。早急に、迅速に、今すぐにおかえりください!」

「私が来るところは私が決めちゃいけないわけ? 私、優雨の所有物じゃないんだけど」



俺が上からじろりと睨むと、反対に俺を見上げるようにしずく―――――もとい姫宮さんが睨み返す。

お互いに一歩も引かない中、他の客の応対に追われているオーナー夫婦は頼ることはできず、かといってそんな俺らの様子を面白そうに眺めているお客様野次馬なんて、もっとあてにならない。


お互いに引くことはせず、緊迫しているとはいいがたい雰囲気が空間を満たした。



「帰ってください」

「嫌ですー」

「帰れ」

「嫌だ」

「帰れったら帰れ!」

「嫌だったら嫌だ!」



ぐぬぬ、と両者動かない。

顎を突き出した状態で膠着状態の俺らに、野次馬の中から「…………俺たちは小学生同士の喧嘩でも見ているのか?」という声が上がる。


その言葉を方や聞こえなかったふり、方や華麗にスルーすると、あっという間に振出しに戻った。



「だから。なんで帰らないんですか!」

「私はコーヒーを飲みに来たの!」

「もうお前飲み終わっただろ! しかもついさっき帰ろうとしてただろ!」



飲み終わったコップを俺が指さすと、姫宮さんは一瞬ひるんだような顔をする。

それに勝ったと思ったのも一瞬で、「別にどれだけここにいようと私の勝手でしょ!?」という強気な言葉が返ってきた。



「それでも喫茶店としての用は済んだんだから、さっさと荷物纏めて帰ってください!」

「さっきからため口と敬語高速往復して何なの!? 今までため口だったくせに気持ち悪いんだけど! ため口のままでいいじゃん!」

「じゃあ俺ずっと敬語で話すからいいし!」

「小学生か!」

「こっちのセリフだ!」




そうして、また再び口喧嘩の火蓋が切って開かれる。

―――――時は、三十分ほど前に遡る。





◇◇◇◇◇






「姫宮、雫……………」

「うん、何?」



呆然としてその名前を呟くと、その少女は笑顔で首を傾げる。

その拍子にサラリと揺れたアイスブルーのロングヘアーは、アメジストの瞳によく映えた。


…………………眩しい。

なんか、よくわからないけど眩しい。

俺みたいな一般人にはないような、なんかキラキラしたオーラがある。


しばらくの間、衝撃とそのオーラに当てられたことで呆然としていた時、不意に仁美さんがにこにことして雫に話しかけた。



「あらあら、やっぱり雫ちゃんは可愛いねえ」

「ひ、仁美さん、こいつが女だって気づいてたんですか!?」



俺が驚いたようにそういうと、仁美さんは頬に手を当てて少し困ったように首を傾げたのが見える。

しずく、じゃなかった、姫宮さんは微笑を浮かべながらも冷ややかな眼で俺を見つめた。



「目に見えてわかるようなものがなくても、なんとなく男の子とは違うじゃない? いくら華奢だって言っても、線の細さや肩幅なんかは誤魔化せないだろうし」

「うっ………………」



そう言われてぐっと言葉に詰まる。

もはや何も言い訳ができない状況にあるとわかっていながらも、俺は下に視線を逸らして小さく呟いた。



「い、異性に興味がなくて………………」

「聞いた人、人選ミス」



姫宮さんがぼそりと呟いたのが聞こえたが、今回ばかりは何も返せない。

すみませんでした…………と力なく謝ると、姫宮さんはふっと諦めたようにため息をつく。


それからしばらくして徐々にその場の状況を理解してきた俺は、少しの思案の後に口を開いた。



「…………じゃあ姫宮さん、すぐに帰ってください」

「はあぁ?」



俺が淡々とそういうと、姫宮さんはその整った眉を器用に片方あげる。

美人は怒ると怖いとはよく言ったもので、美少女はあっという間に冷たい空気を纏った。



「なんでそんなこと優雨に言われなきゃいけないわけ?」

「その優雨って呼ぶのもやめてください」

「嫌だ」

「じゃあ帰ってください。どっちかです」

「どっちも嫌!」

「俺もどっちも嫌ですが!?」



『眠り姫』。それに、顔面偏差値天井突破済み。

いらない。全力でお断りしたい。なんならお金すらつけてあげようとも思える。


けれどもどっちかを天秤にかけるとしたらで悩んだ俺は、数秒の間の後口を開いた。



「せめて今すぐ帰ってください!」

「そんなこと言うなら嫌だからね! 帰らないからね!」

「帰ってください!」

「嫌!」

「帰れ!」

「嫌だ!」



―――――そんなことから、今に至る。





◇◇◇◇◇





「「…………」」



しばらくの言い争いの後、俺たちは顔を顰めながら肩で息をする。

はあ、はあと吐いた息をそのままに視線はまだお互いは睨んだままで、最初はなんだなんだと見に来ていたお客様―――――もういいか、野次馬はいつの間にかいなくなっていた。



「姫宮さん…………もう、この不毛な争いやめないか?」

「その不毛な争いを始めたのは誰なんだろうね」

「だーかーらっ、そういうのが不毛な争いっていうんだろうが!」



挑発するように言ってきた姫宮さんに俺がそう叫び、少し視線を逸らして咳払いをする。

とりあえず、と俺が口を開くと、姫宮さんはむうと口を閉じた。



「『友達』は続行。けど、お互い最低限関わらないようにしてください」

「……………」



無言の姫宮さんを肯定とみなし、俺ははあと息をつく。

再びコーヒーを入れて姫宮さんの前に置くと、そいつはようやく不満そうだった顔を上げて不敵に笑った。


「…………よし。じゃあ、ここで一旦休戦ね」

「ああ」



そして、一度戦いの幕は閉じた――――――はず、だった。




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