第3話 ストーカーじゃない



「…………あの二人、高校生かな?」

「…………ああいうのいいよね、青春って感じで」



周りからひそひそと聞こえてくる声に意識を外す。

さてはわざと聞こえるように言っているのではないかと疑うほど、先程の声だけではなく、他の人からも現在に至るまでずっと何かを言われていた。


―――――まあ、何故かと問われればそれは俺のせいなのだけれど。



「…………」

「おーい、優雨。優雨ってば」



ヒラヒラと手を振る少年…………だと思っていた、もとい美少女から全力で目を背ける。

何故か数秒ごとにぶつかる肩と肩には気づかないふりをした。



「諦めなよ、優雨」

「………………何をですか」



にこやかに話しかけてくる姫宮さんと、目を合わせないように顔を横へ向ける。

けれどもこの詰まりすぎた距離を離すことはできそうになくて、俺は思わず遠い目をした。



「――――――今の状況、所謂相合傘ってやつなんだから」

「それを言うなよ…………」



勝ち誇ったように自分の傘を指さした姫宮さんに向かい、俺は思わず敬語を使うことも忘れて力なく突っ込んだ。




――――――時は、僅か30分ほど前に遡る。






◇◇◇◇◇






「早く帰ってください! 雨酷くなりますよ!」

「心配してるのか催促してるのかどっちなの!? 不器用か!」



なんでもいいから早く帰れ! と言った俺に、優雨だってそろそろバイト上がりじゃん! と声が上がる。



その瞬間、鶴の一声————ただし、俺にとっては絶望に叩き起こす声が耳に届いた。



「そうだ、優雨くん。雫ちゃんの傘に入れてもらったら?」

「「はい!?」」



二つの声が重なった。

―――――そして数秒の後、片方は思案した後に「いいよ」と承諾の意を返す。





◇◇◇◇◇






ここから先の展開は、正直思い出したくない。

嫌だだの入ればいいだの誰かに見られたらどうするだの別にいいじゃんだのと言い争っている俺らを、仁美さんは困ったように見つめていて。


それを見て、そもそもなんで仁美さんはそんなことを言ったんだ、と俺が疑問に思った瞬間、彼女はえっと、と苦笑いして言った。


「だって優雨くん、傘持ってきてないじゃない」――――――と。





――――そして、現在に戻る。


そこから先の展開は早かった。

「今日の分の仕事はもうここまででいいわよ。どうせ、この雨なんだからお客さんも来ないだろうし」と言った仁美さんと無言で頷く次郎さんに押され、やいのやいのと帰り支度を準備され。

先ほど口喧嘩をしていたはずの相手はなぜか妙に乗り気であり、同じ傘にやや無理入ったのが今の状況である。



「……………姫宮さん。俺、やっぱり走って帰るよ」

「雫」

「姫宮さん。あのですね」

「雫」



…………押しが強い。

むくれた顔をしている姫宮さんに対し、俺は小さくため息をついた。



「雫。流石に今の状況は、学校の誰かに見られたらヤバいと思います」

「敬語」

「ヤバいと思います」

「…………」

「やばいと思う」

「見せとけばいいじゃん」

「なんでそういう発想になるんですかね」



わからない。雫を何を考えているか全くわからない。

バカだからか。俺がバカだから、雫の言葉を理解できないのだろうか。

ならば、雫と同じくらいの頭脳の人に来てもらえば、この文の意味を翻訳してもらえるのだろうか。


喧嘩したばかりの相手だということもあって残っていた気まずさは、綺麗さっぱり消えてなくなっていた。



「雫って、定期テスト何位だっけ?」

「ずっと一位だよ」



あ、同じレベルの人持ってくるの無理だ。

即答されたその言葉に対し、俺は一瞬で負けを悟る。


ははは、と乾いた笑いをしている俺に首を傾げた雫は、少し考えた顔をした後前を向いて言った。



「学校、話し相手いなくて寂しいなー」

「………は? いきなりどうした………」

「性別分かってからもちょっと辛辣すぎないかな優雨くん」

「俺は男女差別はしない主義だ」

「知ってた? そういうのって差別じゃなくてレディーファーストって言うんだよ」



そう言って笑った雫は、ふと顔を上げて「あ」と小さく声を上げる。


その声に前を見た瞬間、自身が住んでいるマンションが目に入った。



「あ、雫。ここ俺の家だから。じゃ、…………学校では、頼むから話しかけるなよ」

「え………ここって」



約束したので流石にないとは思うが、雫が俺に話しかけてくることは避けたい。

なんと言ったって俺の座右の銘、『ありふれたような平凡な人生を歩む』ということが壊されてしまうかもしれないのだから、リスクはなるべく下げておくに限る。


ここに来るまで、たくさんの一般人には見られながらも、奇跡的に学校の奴らには見られなかったのだ。

最後の最後で見られたら、呆れてため息すら出ないだろう。


そう考えながら俺は今までの人生で一番早く走り、二個あるうちの一つのエレベーターを使って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・自分の部屋の階数を押す。

仄暗く光ったボタンを押すと上昇し、やがて目当てのフロアまでついて扉が開いたそれから出ながら、俺は先ほどとは違いゆっくりと歩き始めた。



ここから先は、あともう少しだ。

ああ、やっとこの怒涛の時間を終えて家に帰れる。


そう思って安堵しながら自身の部屋の鍵を回した、瞬間。



―――――ガチャリ、と。



一つだけのはずの音が、なぜか二つ重なった。



「…………………もしかして、優雨って私のストーカー?」

「張っ倒すぞ」

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