第20話 俺、知ってる

「春輝、来たわ! この私よ!」

「どの私だよ……………」



疲れ切った顔でそう突っ込んだ春輝につられて、俺もややげんなりした顔をする。

……………やっぱ無理かもしれない。


まだ早くないか、と思ったけれど、時計はしっかり八時五十分―――――学校開放日の始まりの時間を表していて、他にも数人見学者がいる。


HR中の突然の乱入者に一瞬驚いたような顔をしたこーせーくんだったけれど、さすがというべきか、すぐさまアルカイックスマイルをその整った顔に浮かべた。



「おはようございます」

「おはようございます、春輝の姉です。ところで、春輝の担任の方ですよね?…………結婚とか、されてますか?」



もはや恒例の質問である。

顔はさすがというべきか笑顔だけれど、目の奥が全然笑っていない。瞳孔ガンガンに開きっぱなしである。

しかも「なかなかのイケメンじゃない…………ショタ顔だけど」と呟いている時点でなかなか見る目がある。そして臨戦体制だ。

そしてそれとは対照的に、春輝の姉が入ってきた時点で春輝の目はとっくにどこか遠くを見ている。


……………ご愁傷さまでした。


俺が静かに手を合わせると、俺に倣って雫と渚咲も手を合わせる。合掌。

なんてやっていたら、なぜか俺だけ頭をはたかれた。



「勝手に殺すな」

「と言ってもさっきのお前の目は完全に死んだ人の目だったぞ」

「お前他に言いようないのかよ…………」

「えっと…………メダカが死ぬ直前のような眼をしていました」

「姫宮さあん……………」



俺にベシリとチョップをかました春輝に、顎に手を添えた雫が真面目に絞り出した結論がこれである。

なかなかいいんじゃないでしょうかとばかりに顔を上げた雫に対し、春輝は泣きそうな顔でくしゃりと顔を歪めた。


そんな間にも春輝姉とこーせーくんの「結婚は…………してませんね」「あら、じゃあ彼女さんは?」等の会話という名の攻防が続いている。

だがしかし普段の行いというべきか、誰一人こーせーくんの味方に付かないのが何とも言えないところだ。



「あの、今HR中なので…………」

「あら、失礼しました。では、功聖先生、後ろで見学させていただきますね」



そろそろこーせーくんお得意のアルカイックスマイルが崩れそうなところで、そろそろ引き際だと思ったのか春輝の姉はそのまま教室の後方へ行く。しかもちゃっかり名前付きだ。


おとなしく(?)春輝姉が最後方に行くと、こーせーくんは幾分か…………というかかなり安堵した様子でHRを続けるけれど、それでもさっきよりは顔が引きつっているのは隠せていない。



「なあ春輝、なんか今日おとなしくないか?」

「うん? 何がだ?」

「いや、いつもはもうちょっと騒がしいというか…………あっ」

「何お前、いきなり…………あっ」



こーせーくんが教卓の前で今日の予定などを話している中、俺は違和感と共に後ろを向いた瞬間に口を開く。

そのままこそこそと顔を寄せあった俺たちに、こーせーくんは不審な顔をしたものの春輝の姉とこれ以上かかわりを持つのはたまったもんじゃないと思ったのか、結局何も言わずに話を続けた。



「今日、お姉さんしかいないじゃん」

「ほんとだ。…………てっきり、毎年全員で一時間目からくるものだから、今年もそうかと」

「じゃあ、今年はお姉さんだけなのか? その方が俺的には楽でうれしいけど。こーせーくんに押し付け…………任せればいいし」

「来るとしたらあいつら一時間目だから、そうなんじゃないか?」



まだ疑っている様子ながらも、口元のにやけが隠しきれていない春輝に苦笑いする。


一時間目は体育なので、女子は朝着替えたからそのまま、男子はこの教室で着替えるため、HRが終わった後の10分間は少し騒がしい。

あるグループは早く動けるように体操服を用意し始め、あるグループは僅かな時間でも会話を楽しむために話し始める。


もう一度だけ、とちらりと春輝の姉を俺たちが見ると、なぜかパチンとアイドル顔負けのウインクをされた。

さすが春輝の姉というべきか、様になっているというかそこらのアイドルに負けない威力がある。



「「……………?」」



疑問符を頭の上に浮かべて首を傾げる俺たちの傍ら、こーせーくんが何かを思い出したのかブルリと身震いして自身の腕をさすった。





◇◇◇◇◇







「一時間目ってサッカーだっけ?」

「ああ、確かそうだった気がする」



俺と春輝は、男子しかいない教室内で着替えながら立ち話をする。

五月の上旬ということもありまだ寒いので、きっちりとジャージのチャックを一番上まで上げた俺に、春輝が顔を顰めて「うへ、オレは絶対無理」と呟いた。


そんな中、「春輝の姉ちゃんめっちゃ美人だったよな」と時折聴こえてくる声に、春輝は真っ青な顔で「やめとけやめとけ」と聞こえるはずのない返事をひたすらしている。

そんな春輝は、中学校の陸上部で鍛えたその筋肉を惜しげもなくさらし、上半身裸の状態でうろうろとした。



「…………さっきからなにやってんだお前。気持ち悪いな」

「お前友達を気持ち悪いっていうのも何なの? ちょっとひどくない?」

「…………………気色悪い?」

「なんか悪いところで姫宮さんの影響受けてきてるー」



手を額に当て『こりゃだめだ』というポーズをとった春輝を無視して、俺はふわ、と欠伸をする。

いやお前本当に呑気だな、と呟いた春輝に、俺は顔を顰めてそっちを見た。



「お前ほんとになにやってんだよ」

「上がないんだよ、上が」

「お前の上半身がなくてもどうでもいいんだが。先行ってていいか?」

「待っておいてかないで。てかさり気に前半部分ひどい」

「あくしろよー」



あれ、本当にないんだけど、と呟く春輝に、俺は小さくため息をつく。

まあ時間あるしもうちょい探せば? といった俺は、そのままガラリと扉を開けた。



「とりあえず俺は落とし物の場所見てくるから―――――」

「春輝! 春輝が忘れた体操服を届けに来たよ!!」



後ろを向いていた俺は、ぎぎぎ、とブリキのように不格好に首を動かす。

春輝は春輝でとりあえずジャージを着ておこうと思ったのか、袖に腕だけを通した中途半端な姿勢で固まっていた。


金髪かと思ってしまうほど明るい茶色の髪に、あらゆるパーツというパーツが整っている造形美。

しいて春輝との違いを挙げるのであれば、春輝が黒、その人は茶色の瞳を持っていることぐらいだろうか。


満面の笑みで、とても春輝に似た顔立ちの男の人。


――――――言うまでもなく、春輝の兄である。


呆然とした顔で、教室の中春輝がつぶやくのが聞こえた。



「兄貴、なんで…………」



………………俺、こういうの何て言うか知ってる。


『フラグ回収』って言うんだろ?

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