第19話 この私

「まって俺めっちゃ心臓バクバクしてる」

「彼女と手つなぐ時ぐらいバクバクしてる!」

「純粋か。というかお前ら彼女いないだろ」



男子生徒が言い合う中、こーせーくんがベシリと突っ込みを返す。

ざわざわとしていた教室は、そこで一気に男子生徒の視線がこーせーくんに向けられた。



「多分彼女がいたらドキドキするっていう思春期の妄想だよ! それに、そういうこーせーくんだって彼女できたことないだろ!」

「は? 彼女ぐらい…………いたし」

「絶対嘘だろ、目逸らしただろ今!」

「童貞だろこーせーくん!」

「そうだろ、こーせーくんは俺らのトップの童帝だろ!」

「だっせーな童帝」



二度と使うな、と顔をしかめたこーせーくんに、周りは「ほら、やっぱりそんなことはないって言わないんだ」と教室が騒がしくなる。

そんな教室の端の方で寛いでいた俺は、首を傾げて春輝を見た。



「なあ春輝、どーてーって何だ?」

「お前はそのままでいてくれよ………」

「は?」



いきなり変なことを言う春輝に、俺は再び首をかしげる。

だったら貞王だ貞王!と叫んだ声に、バッカ童顔ショタ顔の童もかけてんだよ!という声を聞きながら春輝が苦笑いした。



「しかしまあ、うちのクラスってみんな仲いいよな」

「そうだな」



俺と雫の関係も、なんか嫌味とか言われるかと思ったけど何も言われないし、と呟いた俺を、春輝は残念なものを見るような目で見つめる。



「多分あれは少女漫画とかラブコメとかを見るアレ…………いや、やっぱなんでもない」

「は?」

「自分で気づけ。今更鈍感キャラは流行らないぞ」

「前はドSで今度は鈍感かよ」



俺がぼそりと呟くと、春輝が不可解そうな顔をする。

いや、何でもないとひらひらと手を振った瞬間、ヒートアップした男子生徒たちとこーせーくんの会話が耳に入ってきた。



「だーかーらー、こーせーくんは永遠の童貞だろ! 彼女いたことないくせに!」

「永遠の十七歳みたいな言い方するな! 彼女ぐらいいたわ!」

「実際その顔は永遠の十七歳だろ! 強がんなよ! 童帝!」

「おまっ…………って、だからそのだっせー名前使うんじゃねえ!」



ギャン!と叫んだこーせーくんに、「顔だけじゃなくて、そういうとこだよこーせーくん……………」と呟いた春輝の声に頷く。


ガラリ、とドアが開いたのを知っている俺たちは、教卓を中心に話している高校生たちから目を逸らした。



「…………ねえ、そろそろその話題切り上げてくんない?」



そう冷たい声が聞こえた場所を男子たちが一斉に振り返る。

その瞬間真っ青になった男子たちの視線の先には、絶対零度の視線の女子が揃っていた。





◇◇◇◇◇





「なあこーせーくん、デリカシーって何だと思う?」

「俺にあってお前にないもの」

「ゆうてこーせーくんも女子に怒られてたじゃん、って痛っ!」

「すまん、足が滑った」

「そっか、じゃあしょうがないな!」



足を踏まれて後、にこにことそう言った男子生徒に、「人がいいのか馬鹿なのか………。いや後者か」とぼそりと呟いたこーせーくんの声。

それに苦笑いしながら一時間目の準備を進めていると、冷たい顔をしていた渚咲と雫が春輝と俺に視線を移した。



「そういえば春輝。例の件はどうするの?」

「あ、私も気になります。結局どうすることになったんですか?」

「「………………」」



俺と春輝は一瞬だけ目を合わせた後、気まずくなって二人から顔ごと逸らす。

渚咲の前に座っている雫も同じく不思議そうな顔をしたのが見えて、俺は頬を搔きながら口を開いた。



「すまん、二人とも。先に謝っとく」

「「え?」」

「そもそも俺が首を突っ込みに行くってことは、一緒にいる二人も必然的に巻き込まれるんだ………………」



俺がそう呟くと、雫は何がなんだかわからない、という顔をする。

それとは対照的にすべてを悟った顔をした渚咲は、そのあとすぐに覚悟を決めたような顔をした。



「雫ちゃん、思っている何倍も過酷だから、メンタル壊れないようにきちんとガードしといてね」

「か、過酷…………? それに、メンタルが壊れるって…………」



さらに混乱してきたらしい雫に、春輝は前を見ながら悟りを開いた顔をする。

こーせーくんがいつも通り進めるHRでは、これから嵐がやってくるなんて誰も思わないほどいつも通りだった。



「……………あ、嵐の前の静けさ」

「お前うまいこと言うんじゃねえよ。まあでも、今のところくる気配は……………」



俺が思わず震える声で呟くと、それに言葉を返した春輝の声が途中で止まる。

それを不審に思って顔を覗き込んだはいいものの、そのあとすぐやっぱり見なければよかったと後悔した。



「……………来る」



年に二回だけ見せる、春輝の歪んだ顔を見つめる。

何が、と聞くまでもないことに、俺はそっと目を逸らした。



バアアアアアアアン!!!!!!



「来たわ、春輝! この私よ!」

「どの私だよ…………」



ドアが開く轟音と共に自信満々に放たれた第一声に対して、春輝が疲れ切った顔で突っ込んだ。


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