第22話 サッカー
二試合目を始めるため、先ほどまでいたメンバーがいなくなっていくフィールドから視線を外した後、俺はボールを磨こうと再び下を向いた。
試合が始まっている間もずっと磨き続けていたそれが、もうすでに汚れが消えているのが分かって、俺は小さく息をつく。
磨きすぎてしまったのか少しだけ傷がついているサッカーボールを見つめて、俺は春輝の言葉に返事を返した。
「もう一度やる気はない」
「…………そうか」
どことなく落ち込んだような様子の春輝の声に、少しばかりの罪悪感を覚える。
中学校二年生で忙しくなってから、俺は所属していたサッカー部をやめた。
それと同じ時期に一緒にプレイしていた春輝に何度も止められたことを思い出し、俺は再び視線をボールへと落とした。
「優雨さー」
「ん?」
「強豪校からのスカウト、来てたよな?」
「…………あー」
数秒考えたあと軽くうなずいた俺に、春輝は顔を顰める。
なんで断ったんだよ、と当たり前の問いに、俺は試合のために準備運動をしながら口を開いた。
「別に。そこまで好きなわけじゃなかったしな」
「…………ふうん」
隣で俺と同じく同じく屈伸をしながら、そいつは肯定の言葉…………けれども反抗の意が大いに含まれている返事を返す。
それにあえて反応せずにいると、前の試合が終わった。
「行くぞ」
「ああ」
小走りにコートへと駆け寄ると、「かっ飛ばせー、ホームラン!」というクラスメイト達のヤジが飛ぶ。
「サッカーをかっ飛ばしたらアウトだろ!」と叫んだ春輝の声に、観客席の方がどっと沸いたのが見えた。
「…………優雨。作戦は?」
「特に。サッカー部のやつらが頑張ってくれるだろ」
チラリと視線を交わしてきたそいつに、端的に言葉を返す。
そうか、と小さく呟いた春輝はにやっと笑って俺を見た。
「じゃ、良いところはオレが持っていくな」
にっ、と春輝が歯をむき出して笑う。
イケメンだ、とどこか俺がぼんやりと思った時には、そいつはもう相手のゴールの手前まで進んでいた。
(…………速い)
「―――――まずは一本目」
笑った春輝が、ゴールキーパーが止める間もなくシュートを決める。
心地よく響いたネットの音に、一気にコート外…………そしてコート内すらも盛り上がるのが分かった。
「うおおおっ、羽衣つええ!」
「足速くね!? 陸上部並みだろあれ!」
興奮しているギャラリーの中、味方は士気が上がり、敵はじりじりと春輝を警戒する。
それでも何とか春輝が三本目のシュートを入れたとき、敵チームが春輝を一斉に囲んだ。
「!?」
目を見開いて周りを見渡す春輝を中心に、円を描くように囲んでいる数人の生徒。
春輝が…………俺たちが驚いて身動きが取れない間に、おそらくサッカー部員であろう人たちがシュートを決めていく。
はっとした春輝が急いで抜け出そうとしている間にも三本目のシュートが入り、味方チームが焦ったように声を上げた。
「おい、それは卑怯だろ! 羽衣が動けないじゃないか!」
「へっ、ほとんど羽衣が動いてるんだから、そいつを封じりゃ何もできないそっちが悪い!」
授業でむきになるなよ、と呟きそうになるのを何とか堪える。
これでこのチームは負けかなと思った瞬間―――――不意に強い視線を感じた。
「……………」
「オレが取る」
「羽衣?」
真っすぐ見つめてくる視線を、直視することができない。
そんな卑怯な俺は春輝からふいっと視線を逸らして、ボールをいかに味方チームに有利な場所へ落とそうとしているゴールキーパーを見つめた。
右? いや左か?
――――――違う、正面だ。
俺がはっとして上を見ると、その瞬間何か早いものが動いていくのが見える。
それが人影だとわかった瞬間、俺は大きく目を見開いた。
「ぐっ」
囲まれていた場所から抜け出した春輝が、高いボールを頭で跳ね上げた後、足で受け止める。
トンっとここまで聞こえてきた音に、敵チームが「はあっ!?」と声を上げたのが聞こえた。
「なんで抜け出せてんだよ!?」
「ご、ごめん、気を抜いてて…………。でも流石にあそこからシュートを決めることは無理だろうし…………」
「そ、そうだよな、あと三十秒だし…………」
そんな会話が行きかう中、俺は食い入るように春輝を見る。
ふっと息を吐いた音と吸う音が重なった瞬間、春輝が大きく声を張り上げた。
「優雨っ!!」
その瞬間、動かないと思っていた足が、動いた。
ボールの落下位置を計算してその場所へ行き、春輝がロングキックで飛ばしたそれを胸で受け止める。
「決めろ!」
春輝の声を背に、俺は一斉に時が動いたゲームを始める。
相手は五人。
まずはドリブルで二人、次は左に行くと見せかけて右に行って二人、そして立ちはだかった最後の一人に止まりそうになる。
空いてない? 行きようがないんじゃないか。でも、いや―――――
「…………空いてる」
スローモーションで動くそいつの股下にボールをすり抜けさせた後、俺はそいつを横切ってそのボールをキャッチする。
まるで測ったように俺の足に収まったそれを何度かドリブルした後、俺は大きく足を振り上げた。
「――――――シュート」
言葉を落とすと同時に、『ザシュッ』という久しぶりに聞くネットの音がする。
それに思わず笑顔を零すと、同時に試合終了の笛が鳴った。
「天照! お前すげえな!」
「どこかで習ってたのか!? サッカー部じゃないよな?」
僅かに火照った体を仰いでいると、周りにチームメイト達だけでなく他の人も集まってくる。
そう、それも全て『久しぶり』。
そして観客席の方には、笑顔で手を振る両親がいて――――――
「……………っ」
ズキリ、と小さく痛んだ胸を抑える。
何を期待しているんだと唇を嚙み占めて視線を前から逸らした瞬間、何故か俺よりも苦しそうな顔をしている春輝がいた。
「―――――嘘つけ」
楽しくなかったなんて、嘘だろ。
そう呟いた春輝の声が、俺の耳に届く前に消えたらどれだけよかったかと、そう思った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一日早いですがメリークリスマスです。
ここまででいったん休載となります。
更新再開は今のところ決めておりませんが、いったん受験に区切りがつくまでかと思われます。
大変遅くなりますが、どうかこれからもこの作品を読んでいただけると幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます