文化祭二日前「双子の星」⑥
「どう? 少し落ち着いた?」
私を教室から連れ出してくれたクラス委員の紫桐さんが、保健室のベッドの上に座らせてくれた。保健室の桜田先生は席を外していたけど、私は慣れたものでてきぱきと入室シートに記入をしていた。薬も飲んでいないから本当はそれすらもいらないのかもしない。
「紫桐さん、ありがとう」
「別に芹菜でいいのに。もう半年もクラスメイトなんだし」
「ごめん」
「謝ることじゃないって。でも誰も名前で呼んでくれないんだけどね、ユウト以外は」
ふ、と彼女が笑った。
「ごめん」
「だからまた」
「……うん」
「どうしたの、急に。あ、言いたくないならいいよ、そういうの、言いたくないことだってあるし」
紫桐さんは大人なんだな、とふと思った。
私なんかよりも、ずっと。
「前に通っていた中学校で、ちょっとあって、だから、ああやってみんなに何かいっせいに言われるのが、ちょっと苦手で」
表現をオブラートに包む。だけど、それで紫桐さんにはわかってしまうだろう。
「そうだったんだ」
「それで、環境を変えるために高校はこっちにって」
「それで、ユウトと会ったんだ」
「うん」
高校入学前の三月、大通りで車に轢かれそうになったのをたまたまシロに助けてもらった。そのこともシロは紫桐さんには伝えているのだろう。紫桐さんはシロの幼馴染みで、家同士の付き合いがあって、一軒家に一人暮らしをしているシロの家をたびたび訪れているらしいのだ。
シロは、それ以上のことは何もない、と言っているけれど、それが本当だとはさすがに私は思っていない。二人の間に特別な事情があるのは間違いない。
「私も横に座っていい?」
「うん、もちろん」
「ありがとう」
紫桐さんがベッドの上に腰を下ろす。二人分の重みがベッドを僅かに歪ませた。
「それにしても、ユウトに助けられるなんてね」
彼女が意味深に笑みを浮かべる。
「どういうこと?」
「私も、同じってこと」
「え?」
「私も、昔ユウトに助けられたことがあるのよ。でも、藤元さんとは逆かな、それは始まりじゃなくて、終わりだったんだけど。二年前の話、聞いた?」
彼女の質問に私は首を振る。
「そう、ユウトも言いたくないんだろうね。私も、思い出したくもない」
浮かんでしまったイメージを振り払うように彼女は頭を二回横に振った。
「私たち、付き合っていたんだ」
彼女の告白に、何とか表情を変えないように努力する。
大丈夫、大丈夫。
ロッテが言っていた通り、と言うことだけの話だ。
「っていっても一年ちょっとだし、中学のときだけどね」
言い訳めいた言葉だ。
「二年も前、ちょっとしたことがあって、それで別れちゃったんだけど。あーもう、早めに言っておくわね」
前の壁を見ていた彼女が、横を向き、私としっかりと目を合わせる。
「私はまだユウトのことが好き。諦めたわけじゃない」
春に二人の会話を盗み聞きしていたから、彼女の気持ちは知っていた。だから驚くというよりは私にとって再確認、という感じだった。それでも言葉にされるのは重みが違う。
「もうダメだって言われて、原因は私にあって、ユウトもちょっと変わってしまって、私も納得したつもりだったけれど、やっぱりそれもダメだった。昔みたいにはいかないのはわかっているけど、自分に嘘をつくのは無理だった」
そこにいたのは、普段はキリっとしている紫桐さんではなく、一人の女の子だった。たぶん、私と同じ。
「私は藤元さんのこと、嫌いじゃないし、これからも嫌いになることはないだろうけど、だけどあなたももしそうなら」
『そう』なら?
「私はそのことだけは、ライバルになるわ」
それは、彼女からの宣戦布告だった。
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