文化祭三日前「銀河鉄道の夜」③
「さて、と。こんなもんかな」
「終わったにゃー」
シロがバッジを整理して二つの袋に男女別にしまう。
柏木さんは別な作業のため部室からすでに出て行ってしまっている。部室にいるのは私とシロとリンゴさんの三人だけだ。リンゴさんはテーブル越しに私たちの前に座っている。
「それで、頼み事ってなんですか? リンゴさん」
シロがその袋の先をあらかじめ用意してあった紐で縛る。
三人しかいないのに、誰にも聞かれないように、そっとリンゴさんが囁く。
「そうそう、こいつをね、まず読んで欲しいん」
リンゴさんが制服の胸ポケットから丁寧に四つに畳まれた紙を取り出す。
「何ですか?」
「いいから、読んで」
薄青い便箋だ。まずシロが受け取ってそれを開く。広げるとA5ファイルに拝啓から始まる文章が書かれている。シロはその文面を黙読し、表情を変えず私に渡してきた。私も渡された文章を読む。
書かれた文字は少し角張ってはいるものの、等間隔に置かれ、大きさも均一で、几帳面さが滲み出ていた。
拝啓から始まり、初秋の時候の挨拶がある。手紙でのみで、今すぐ会えないことを悔やむ文章が続く。優れないであろう相手の体調を気遣う文があり、自身もその身を削られるようだと繋がれる。それから、この会えない時を星空に喩え、自分もはくちょう座のエピソードのようにすぐにでも迎えに行きたいと書き綴る。最後に、また相手の健康を祈る文面で締め括られていた。
「図書室の床に落ちていたのよ」
便箋から目を離した私にリンゴさんが言った。感想を求めているようなので、私が思ったことを告げる。
「これは、ラブレター? 会話が繋がっているみたいだから手紙、こういうのなんていうんだっけ?」
「往復書簡」
さらっとシロが疑問に答えてくれる。
少し機嫌が悪そうに見えた。半年もいると、些細な表情でも読み取ることができる。これは思い違いかもしれないけれど、彼は意図的に表情を隠そう、感情をコントロールしようとしている節がある。
「そう、それ。ラブレターの往復書簡? やりとりの一部だよね? でもとても真摯な文章だった」
最後が率直な感想だった。
真っ直ぐに、文章を相手に届けようとする意思がはっきりと読み取れた。
「杏ちゃん『は』そう思うん?」
「はい。私『は』?」
「シロ君はどう思う?」
「どうも思わない」
「そ、それってひどくない?」
素っ気なく返すシロに思わずそう言ってしまった。
「ひどい? 何が? リンゴさんが?」
トゲのある言い方で彼が言う。
「リンゴさんがひどいわけないじゃない」
「そうかな」
彼は呆れた感じでため息をついて、リンゴさんを見る。リンゴさんは伏し目がちにこちらの反応をうかがっていた。
「それで、リンゴさん、どっちを探し出せばいいんですか?」
「宛先……」
下を向いたまま、小さな声で答える。
「探し出すだけですか? これを手渡しする必要はないんですか?」
「できれば……渡して……」
ますます声は小さくなっていく。
「これを?」
「はい……」
「これがどういう意味かわかる? 杏さん」
「えっと、それって、『私たちはその文章を読みました』って言っているようなものじゃ……」
「だから僕は、『リンゴさんがひどい』と言ったんだ」
それならシロの言うこともわかる。
「それにあなたは差出人も宛先も知っているのでは?」
「それは……」
真剣なまなざしで、彼はリンゴさんを見つめる。彼女は途中で口ごもったまま、時間だけが過ぎていく。
「言いたくないなら追求するのはやめましょう。ああ、いえ、リンゴさんを非難しているわけじゃありません。それじゃ、杏さん、クラスに寄る前に図書室へ行こうか」
「図書室って、どうして?」
「リンゴさん風に言うなら、『火曜日の少年』かな。彼に会いに行く」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます