文化祭三日前「銀河鉄道の夜」②

「どうもにゃーん」

 相変わらずのテンションで執行部の部室に彼女は入ってきた。天然らしい赤茶けた髪を左右二つに縛り、髪よりも赤いセルフレームのメガネをして、やけに陽気にニコニコとしている。

「やあやあ青年、私に頼み事とは何事」

 相変わらずの適当さで口調も作り物っぽい彼女は、図書局員で二年生の佐々木凛子という。長身でスタイルも良い方なのに、どことなく子どもっぽい仕草が目立つ。

「メールで伝えた通りです。返信がないので忙しいのかと思いましたが」

「私がシロ君の頼み事を断るわけないっしょー。なになに? 心配しちゃった? 嫌われちゃったかと思った?」

 返信もせずに直接部室に来たらしい。

「いえ、別にそこまでは……」

「そんなわけないっしょー。シロ君はうちの常連だからね、何だって聞いちゃうよ。あ、でもでもアレなのはだめね」

「アレとは一体……」

 シロは図書室を頻繁に利用しているので彼女にとっては『常連』というわけだ。

「杏ちゃんもお久しぶり!」

 笑顔を崩さずこちらに振り向く。

「先週返却の時に会ったと思いますけど……」

「一日千秋ってやつよー」

 そういう使い方だっけ?

 私たちのやりとりを不安げに見ていた柏木さんが口を開く。

「あの、そちらの方は? 図書室にいつもいらっしゃる……」

 シロとの会話からして柏木さんも頻繁に通っているわけだから、見覚えがあるのだろう。朝だろうが昼休みだろうが放課後だろうが彼女はいつ行っても図書室にいる、図書室の主のような存在なのだ。他人に本を薦めることを生きがいにしている。

「よくぞ聞いてくれた木曜日の乙女よ!」

「木曜日の乙女?」

 私の疑問に柏木さんが首を傾げながら言う。

「それは、もしかして、私が木曜日に借りたり返したりしているから、ですか?」

「その通り! 私はほぼ全ての人の貸し出し周期を暗記しているのだ!」

 一体何のために。

 図書室の貸し出し期間は二週間だから、期限ぎりぎりまで本を借りていると、だいたい同じ曜日に固定されてしまう。生活リズムの都合で曜日が固定されることもある。それは確かにそうだし、常連ともあれば覚えようとしなくても把握してしまうのもそうだろう。

 利用している私がいうのもなんだけど、図書室の利用者はそれほど多いとは思えないのだ。ただ、『全て』というのは嘘だろう、彼女が好んで覚えているのは『可愛い女子』に限られている。シロは常連にもほどがあるほど通っているから覚えられているだけで例外に過ぎない。

「何故そんなことを?」

「えーだってほらー、本好きとは仲良くしたいじゃーん、ね?」

 彼女がぐいっと柏木さんに近寄る。

「あ、あ、はい」

「ね?」

 私たちに振り向き直し、あたかも柏木さんが同意したかのように主張する。それは絶対、引いているだけだ。

「もちろん何を借りているかなんてこともわかっちゃうわけだな、ね、木曜日のオトメ」

 妙に『オトメ』のワードに力を込める。

「わ、わわわわ」

 柏木さんが顔を真っ赤にして慌てている。

 それは何かしら、彼女に意味のあるワードということを意味している。

「図書局員としては、そんなこと口が裂けても言えるわけないけどねー。知ってるのは事実だもんねー。仲良くしよう、ね? オトメちゃん」

 対象者の貸出記録を見ることができる権限。図書室を利用する側にとっては非常に微妙に絶妙に嫌なものだ。しかもよりによって彼女に、である。これは重要な個人情報ではないのか。

「そう、私の名前は佐々木凛子! リンゴさんと呼んでくれたまえ!」

彼女は何故か、リンコ、ではなく、リンゴ、と呼ばれることを希望している。理由は聞いたところで意味はなさそうなので今のところ気にはしていない。

「そして人はこう呼ぶ、『自称文学少女』と!」

 それは他称だ、というかきっと誰も呼んでないから、という突っ込みを何とか抑え込む。ここで話していても時間を浪費していくだけだ。

「というか、リンゴさんのこと知らなかったんだ」

 柏木さんなんかを彼女が見たら率先的に話しかけてオススメ本を無理矢理押しつけるくらいのことはやっているかと思っていたのに。

「何となく、図書室で良く目が合うような、とは」

「杏ちゃん、私にも恥じらいというものがあってね……」

 より一層気味が悪い!

 ほぼストーカーじゃないか。

 もしくは図書室に住む妖怪の類いだ。

「それじゃ、さっそくお願いしたいんですが」

 今までの会話の流れを完全に無視するシロ、偉いぞシロ。

「はいはい、お手伝いしましょ」

「クラスの方とかはいいんですか?」

 一応、聞いておく。

「クラスの方は衣装班だったし、ダンスもあまり難しくないの割り振ってもらったからね。ダンスダンスダンス? 図書室はすでに準備完了であります」

 指を立てて振りながらターンをする。

 やっぱりなんか扱いにくいなこの人。

 クラスでも浮いているんじゃないだろうか。いや、浮いているに決まっている。彼女の世界はあくまで本の中にあるのだ。

「あ、でもね、ちょっとだけ、私の方からも頼み事、引き受けちゃってくれないかなーって」

「頼み事、ですか?」

「そう、ほんのちょっと、にゃんだけど」

「どうする? シロ?」

「うーん、まあ、ちょっとって、リンゴさんが言うなら」

「うん、ほんのちょっと、ほんのちょっと」

「それじゃあ、引き受けます。リンゴさんはシロと確認作業、かな。ね?」

「うん、それが一番だと思う」

「あいあーい」

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